14.4-24 学生デビュー24
ワルツたち4人は、授業の話をしたり、夕食の話をしたり、ここ30分ほどの記憶が無いのは何故かという話をしたりしながら、講義棟の廊下を歩いて行く。目的地は、公都を追われた大公ジョセフィーヌと彼女の騎士たちが陣を構える大講義室だ。
その道中、ルシアがこんなことを言い出す。
「何か不思議だよね?学院の敷地って大きいようで、そんなに大きくないのに、ジョセフィーヌさんたちとまったく会わないって。お昼の時とか、食堂で騎士さんたちと会ってもおかしくないと思うんだけど……」
学院は、面積という意味では確かに大きかったが、普段、人が行き来する場所は決まっているので、昨日今日と学院内を頻繁に移動していた4人が、ジョセフィーヌやその関係者たちと会わないというのは異常——とまでは言えないが、確率的には相当に低いことだった。
ルシアの指摘を聞いて、他の3人も「確かに」と相づちを打つ。
「超忙しくて、缶詰になってるんじゃない?」
「国中の貴族たちと連絡を取り合うと言っておったが、上手くいっておらぬかも知れぬのう?」
「私たちが知らないうちに、学院から出ていってしまったかも知れませんよ?」
「忙しいのは間違い無いと思うけど、流石に私たちに何も言わずに学院を出て行くっていうのは無いと思うけどなぁ……」
ルシアはそんな事をいいながら一行の先頭を歩いて行く。そして大講義室の方へと繋がっている廊下への分かれ道まで来た時のこと。
「あれ?ジョセフィーヌさんたちがいる大講義室ってどっちだったっけ?」
十字に別れていた廊下のどれを選べば大講義室に行けるのか、ルシアは覚えていなかったらしい。一応、オリエンテーションの際、ハイスピアが学院の地図を使って主要な教室の位置を説明していたのだが、実際に移動して確認しなかったので、忘れてしまったようである。
「あっちじゃろ?」
「こっちですよ」
と、十字路の別々の方向を指差すテレサとアステリア。どうやら2人も、ルシアと同じく、大講義室の方向を忘れてしまったらしい。
結果、3人は、残る1名の意見を仰ぐことになる。
「お姉ちゃんはどっちか知ってる?」
「妾はこっちじゃと思うのじゃがのう……」
「いえいえ、こっちですよ」
「……ごめん。そもそもハイスピア先生の話を聞いてなかったから覚えてない……」
「「「えっ……」」」
「いや、あのとき、別のことを考えていたのよ。どの学科に入れば無事に卒業出来るかな、って……。まぁ、結局は選択肢なんて無かった訳なんだけどさ?」
そう言いながら、ワルツは鞄の中からペンを取り出すと、それを十字路の中心に置いた。そして手を離す。
カランカラン……
「こっちね」
「「「…………」」」
占いで方向を決めるのは、あまりに適当すぎるのではないか……。ルシアたちは3人揃って、煮え切らなさそうな視線をワルツへと向けた。
「みんなが分からないなら仕方ないじゃない……」
ワルツが開き直って肩を竦めると、ルシアが苦笑を浮かべながら、ワルツのペンが指し示した方向へと歩いて行く。誰も分からないのだから、取りあえず姉の言うとおりに進めばいいと判断したらしい。
そして彼女の後ろを残る3人が追いかけて、そして20歩ほど歩いたときのことだった。
「あれ?おかしいなぁ……」
ルシアが不意に立ち止まると、徐に首を傾げる。
「私たち、どこに行こうとしてたんだっけ?」
「ル、ルシア?何か変なもの食べたんじゃないわよね?!」
つい数秒前まで大講義室の話をしていたというのに、突然、行き先を忘れてしまった妹を前に、ワルツは背中にゾワリとしたものを感じ取る。
しかし、異変はそれで終わりではなかった。
「そういえば…………そうですね……。私たち、どこに行こうとしていたんでしたっけ?」
アステリアもルシアと同じ事を言い出す。
ただ、テレサは——、
「ほう?古いタイプの結界魔法かの?」
——頭が機械で出来ていたためか、ワルツと同じく行き先を見失うような事は無かったようだ。彼女は、ルシアたちが行き先を忘れてしまった原因を特定出来たようである。
「結界魔法?壁らしきものなんて無いわよ?」
「カタリナ殿が使うような結界魔法ではなく、太古の昔に使われていたまったく別の種類の結界魔法なのじゃ。方向感覚を乱したり、目的地を忘れさせたりして、結界の外にいる者たちを目的地に辿り着かせなくする呪いのようなものなのじゃ」
「ふーん。なるほど……。ところでテレサは、なんでそんな事知ってるの?」
「知っておって当然なのじゃ。この古い結界魔法は、脈々と人々に受け継がれておって、今では別の名前で呼ばれておるからのう。……幻影魔法と」
「なら最初からそう言えば良いのに……」
「……うんちくを喋りたかっただけなのじゃ」げっそり
と、ワルツのウケがあまり良くなかったせいか、いつも通りにゲッソリフェイスを浮かべるテレサ。
そんな彼女の反応に、ワルツは少しだけ目を細めた後、腕の中に抱えていたミレニアの位置を調整しながら廊下の先を見つめて……。
「さて、結界魔法だか、幻影魔法だかを展開しているのは誰なのかしらね……」
苦々しい様子で、そう呟いたのである。




