14.4-23 学生デビュー23
「ほげー……」ぽけー
「……アステリア殿?まさか、お主、ちゃんと耳を押さえておらんかったのではなかろうな?」
「あう?」
テレサが記憶を消去する言霊魔法を使ってからというもの、アステリアの反応が怪しかった。テレサが何を言っているのかも分かっていないようで、心ここにあらずといった様子だ。恐らくはテレサが言霊魔法を使う前に言った"耳を塞ぐ"という話自体、記憶から消えているに違いない。
一方、ルシアの方はしっかりと耳を押さえていたためか、言霊魔法の影響は受けていなかったようである。彼女は意識の無いミレニアの前にしゃがみ込みながら、ワルツに向かって問いかけた。
「ねぇ、お姉ちゃん。ミレニアちゃんのことどうする?ここに置いておくって流石に可哀想だと思うんだけど……」
「そうねぇ……。帰り際にハイスピア先生の所にでも置いてくる?」
「ハイスピア先生の部屋がどこにあるか、お姉ちゃん知ってる?」
「うん。知らない」
「だよねー」
ハイスピアが授業以外の時間にどこで何をしているのか、ワルツもルシアも知らなかった。他の2人も同じだ。よってハイスピアにミレニアのことを頼むというのは難しかった。
「確実に知っている人がいるのは学院長のところだけど……ちょっとあの部屋の扉を叩く勇気は私には無いわ?」
「なんで?」
「なんていうか、苦手なのよ。偉い人とか」
「あ、うん……。そういえばお姉ちゃん、そういう人だったね……」
ルシアはそう呟きつつも、内心では姉の発言を否定していた。……ワルツは偉い人が苦手なのではない。単に、人見知りが激しいだけなのだ、と。偉い人が苦手だというのなら、他国の王や魔王、勇者たち、そればかりかコルテックスを始めとしたミッドエデンにいる知り合いのほぼ全員と会話が出来ないはずだからだ。
そう考えていたからこそ、ルシアは次の発言を口にした。
「じゃぁさ、ジョセフィーヌさんのところは?」
偉い人が苦手だというのなら、ジョセフィーヌは学院長マグネアよりも偉い"大公"なので、ワルツは尚更に行きたがらないはずだった。しかし、ワルツの返答は——、
「あ、ジョセフィーヌなら話しやすいから良いわね」
——ルシアの予想通り前向きなもの。合計1週間程度とはいえ、ジョセフィーヌと共に生活していたこともあり、ワルツの中でジョセフィーヌは人見知りの対象にはなっていなかったようだ。なお、ジョセフィーヌの部屋は未だワルツたちの自宅の中にあり、またジョセフィーヌも家を出るとは言っていないので、一応はまだ同棲している事になっていたりする。
「丁度良いわ。ここ3日くらいジョセフィーヌに会ってないから、彼女たちの顔を見に行きましょうか」
「うん。私もちょうど心配してたところだよ?みんな元気なら良いんだけど……」
ルシアはそう言ってミレニアを重力制御魔法で持ち上げようとして——しかし、途中で止めた。
ここは学院。しかも近くには寮があって、テレサが引き籠もりの呪い(?)を解除した直後である。つまり今、魔力ダダ漏れの重力制御魔法を使うと、魔力に気付いた学生たちに取り囲まれてしまう可能性が否定出来なかったのだ。
「……ごめんなさい、お姉ちゃん。ミレニアちゃんのことを持ち上げると問題になりそうだから、私の魔法じゃ運べない……」
「……そう。大丈夫よ?私が運ぶから」
ワルツはそう言って、ミレニアを軽々と持ち上げる。背の低い彼女がミレニアをお姫様抱っこで持ち上げるというのは、中々にシュールな光景だったが、それ以外にミレニアのことを持ち上げる手段が無いので仕方が無いと言えるだろう。
こうしてワルツたちはジョセフィーヌの所へと向かうことになった。ジョセフィーヌや彼女の近衛騎士たちがいる場所は、講義棟の一角で、そこで彼女たちは国中の貴族たちと連絡を取り合いながら、公都を取り戻す算段を立てているはずである。
何か進展はあっただろうか……。そんな疑問とミレニアを抱きながら、4人は講義棟へと向かって歩き始めた。




