14.4-15 学生デビュー15
鐘が鳴り、ミレニアたちが去って行く。全員、酷く消沈したような表情を見せており、ワルツとしては、何となく心苦しいものがあったようだ。……そう、何となく。
「さて、あと1時間、暇なわけだけど……どこに行こうかしら?」
ミレニアたちの姿が見えなくなるのと同時に、彼女たちの事が頭からすっぽりと消え去ったのか、ワルツは他の3人に対して問いかけた。
その結果出てきたのは、どこに行きたいかの提案とは異なる内容だった。ルシアが何かを思い出したかのように口を開く。
「そういえば、寮に引き籠もってる人たちの話なんだけど……もしかして、テレサちゃんの言霊魔法のせいで、みんな寮から出られなくなってるんじゃないかなぁ?ほら、ハイスピア先生も言ってたでしょ?」
先ほどハイスピアが話していた内容によると、寮の学生たちは謎の病を患って、部屋から出てこなくなってしまったというのである。ルシアとしては、その原因がテレサにあると確信していたようだ。なにしろ、数日前、自宅がある村(名前は未だ不明)に学生たちが詰めかけた際、彼らに向かってテレサが使った言霊魔法は、強制的に部屋に引き籠もる、というものだったからだ。
テレサもそのことは自覚していたようである。
「まぁ、十中八九、妾のせいではないかと思ってはおるのじゃが、しかし、体裁というものがあってのう……それに1年間の時限付きだし……」
「つまり、元に戻すのが面倒くさいんだね?」
「面倒くさく……いや、確かに面倒ではあるのじゃが、真面目な話、あれは制裁だったゆえ、簡単に解除して良いか悩ましいところではあるの。それに、解除するときに、妾がやった事がバレるじゃろ?あまり妾の魔法についてはバラしたくないのじゃ……」
人の精神を否応なしに操作できる言霊魔法が使えれば、誰彼構わずに従わせることが可能であり、やろうと思えば世界征服をすることも可能であった。そんな力を持っていると皆に知られれば、大問題になるのは不可避。これがミッドエデンなら、テレサは元王族なので、どうにか誤魔化すことも出来たが、ここは海を越えた向こう側の国、レストフェン大公国なのである。言霊魔法については伏せておくのが無難だった。
ルシアもそのことは理解していたようで、茶々を入れるようなことはしなかった。そもそも、テレサが言霊魔法を使ったのは、ルシアの魔力に気付いた学生たちが押し寄せてきたのを追い返すためだったのである。にもかかわらずテレサに文句を言うというのは、流石に失礼すぎると気付いたらしい。
「どうすれば良いと思う?何か、良い方法は無いかのう?」
テレサは問いかけるものの、誰からも返答はなかった。つまり、自分でどうにかするしかないらしい。
「も、もうダメかも知れぬ……」げっそり
テレサが泣き言を口にしていると、ワルツが呆れたように口を開く。
「……まぁ、みんなにバレないように元に戻すって言うなら、一人一人にこそこそ言霊魔法をかけ直すか、拡声器の魔道具を使って2回に分けて呼びかけるか……そのどちらかしかないんじゃない?寮から出てくるように呼びかけるのが1回目で、言霊魔法を使われたっていう記憶を消すのが2回目って感じで。でも、よくよく考えてみたら、個別に魔法を掛けるっていうのは難しわよね。テレサが言霊魔法を使えるのは1日に3回までだから、1人辺り1日かかとして、引き籠もっている学生の数だけ言霊魔法を使わなきゃならなくなるし……。まる1年は掛かりそうね」
「やはり、もうだめかも知れぬ……。いや、この際、開き直って、勝手に魔法が解けるまで、1年間放置するというのも——」
「…………」じとぉ
「……やはりないの」げっそり
「とりあえず、コルテックス辺りに良い魔道具がないか聞いてみたら?(本当は、ルシアから魔力の受け渡しが出来ると良いんだけれど……人と人との間で魔力の受け渡しが出来るって話、聞いた事ないのよね……)」
「なるほど……その手があったのう」
と言いつつ、テレサはポケットから無線機を取り出して、コルテックスと会話をする準備を始めた。
そんなテレサは、この時、普段のような和装ではなく、制服を着ていたので、一見する限りコルテックスとの見分けが付かなかった。違いは尻尾の数くらい。そのせいか、和装以外の服を着ているテレサに、ワルツもルシアも新鮮さを感じず、わざわざテレサが制服を着ている事について触れなかったようである。なお、2人ともテレサの事を、間違えてコルテックスと呼びそうになったとか、なっていないとか……。
とまぁ、それはさておき。テレサが無線機を起動したその瞬間——、
ガコンッ!
「お呼びでしょうか〜?」
——誰もまだ何も言っていないというのに、コルテックスが現れる。それも、床にあった食堂の通路から。どうやら転移用魔道具"どこにでもドア"は、扉でなく、ハッチのようなものでも接続出来るようである。




