14.4-10 学生デビュー10
一通りの見学(?)を終えたころ、時間はちょうど昼食時。一行は昼食を食べるべく、ハイスピアの案内で、食堂へと向かうことになった。
この時、ハイスピアは、とても明るい表情を浮かべていたようである。ワルツたちへのオリエンテーションが始まった当初は、どこか疲れたような、あるいは適当とも言える雰囲気が見え隠れしていたのだが、今のハイスピアにその気配は無く……。ワルツたちの相手をするのが嬉しくて仕方がない、といった様子である。
それもそのはず——、
「ワルツさん!電気というのは何なのでしょう?」
「ワルツ様!電気と魔力の関係について考えてみたのですが——」
「ワルツ先生!弟子入りさせて下さい!」
——時間を経るごとに、段々とワルツに対する扱いが変わっていき、終いにはワルツの事を師と仰ぐようになっていたのだ。その大きな転換点は薬学の体験実験で、ワルツが水の電気分解をハイスピアに見せたことがきっかけだったようである。あるいは、ハイスピアの質問に対し、ワルツが丁寧に答えすぎた事も原因の一つだったと言えるかも知れない。
「いや……あの……ハイスピア先生?私、学生……」
「謙遜しないで下さいよ。よほどワルツさんの方が、この世の真理に近い位置にいるではありませんか!」
「真理……なのかしら……?」
真理などと言うものがあれば、科学者は誰も苦労していないはず……。そんな事を考えつつ、ワルツがモヤモヤとしながら歩いていると、一行は講義棟の隣にある食堂まですぐに辿り着いた。
食堂は建物を1つ丸ごと大きなホールにしたような場所だった。ただの食堂としての機能だけでなく、祝賀会や記念式典などのパーティーも行えるようになっているらしく、内装にも拘っていて、高そうな壺や、凝った作りのシャンデリアなどが、ワルツたちの目を引いていた。
しかし、なによりワルツたちには気になっていたことがある。
「……なんか、人、少なくない?」
広い食堂の中には、軽く500人くらいは収容出来そうだというのに、食堂にいたのは数十人程度。しかも、その全員が、模擬訓練でルシアが怖がらせた結果、逃げ出していった学生たちという、なんとも因果な状況だった。そのせいか、ワルツは居心地の悪さを感じていたようだ。……だだっ広い食堂で、あまり印象の良くない者たちと一緒に食事をするなど、いったいどんな罰ゲームなのか、と。
ワルツが学生たちの事を努めて視界の中に入れないようにしながら、どの席に座ろうかと考えていると、ハイスピアがワルツの疑問に返答を始める。
「実は、色々な事情があるんです。公都に就職活動に行ったまま帰ってきていない学生たちや、急に領地から呼び戻された学生たち、それに、演習で出かけている学生たちなど、いまは偶然が重なって人がいない状態なのです」
「ふーん……。事情は分かりましたけど、それにしても少なすぎじゃないですか?偶然が重なるにしても、あまりに重なりすぎというか……」
公都へ就職活動に行く者たちは、基本的に、単位をすべて修得済みの一部の学生たちだけである。領地から呼び戻された学生と言っても、全員が貴族の家柄というわけではないはずだった。なら、他の学生は、全員演習に出かけてしまったのかという話になるが、学校総出で演習をするなど不自然極まりなく……。ワルツはハイスピアの説明に納得出来なかったようである。
ワルツが訝しげに眉を顰めていると、ハイスピアは「やはり、そう思われますよね……」と前置きをした後で、ワルツたちに対し、実情を話し始めた。
「あまり大きな声では言えないのですが、寮の中で奇病が流行っているのです」
「「「奇病?」」」
「…………」
「はい。初等部と中等部の学生たちを中心に広がっているのですが……皆さん、寮の部屋から出ると、酷く衰弱する病に罹っているのです。医者に診せても正常なのに、何故か寮から出た途端、容態が悪化して……」
ハイスピアがそう口にした瞬間だった。
「…………」びくぅ
その場にいた約1名が、無表情のまま、尻尾をパンパンに膨らませた。どうやら彼女には原因が分かっているどころか、身に覚えがあったようである。




