14.4-08 学生デビュー8
「ん?ウラン?」
ワルツの声に気付いて、ハイスピアは顔を上げた。彼女はウランというものが何なのかを知らないらしい。
「ちなみに、今、ハイスピア先生が作っている薬って、完成したら、暗闇で青白く光ったりするやつじゃない?しかも、魔力を充填することなくずっと光り続けるやつ」
「……!まさか、ワルツさんはコレが何なのか知っているというのですか?!最新の研究なのに……」
極秘の調合だったのか、あるいは最近見つけたばかりの新しい現象だったのか……。ハイスピアはワルツが青白い光——チェレンコフ光を知ってることに驚いた様子だった。ハイスピアとしては、暗くなることのない"不思議な薬"程度の認識だったのだろう。当然、それがどれほどに危険なものであるかは知らない様子だった。
「知ってるって言うか……まぁ、知ってるわね。ちなみに、ハイスピア先生は、その物質が何故光るのか知っていますか?」
一応、目上の人物との会話だったので、途中で敬語に戻しながら、ワルツは問いかけた。
この時、ワルツは、ハイスピアがチェレンコフ光について興味を持ち、その原理を詳しく調べている最中だというのなら、忠告だけして、後は放っておこうかと考えていたようである。もしも彼女がチェレンコフ光やX線というものに気付いて研究をしているというのなら、彼女は地球で言うキューリー夫妻のような人物だと言えるのだ。たとえ研究によって命が削られるようなことになろうとも、未来において偉人と呼ばれることになるだろう人物の手を、地球から来たワルツに止めるような真似は出来ないのだから。
しかし、ハイスピアの返答は、ワルツの期待したものとは異なっていた。
「あれは、薬から魔力が滲み出ることによって光るのだと考えています。いわば超高濃度のマナのようなものです。今のところ、動物実験では、良い結果は出ていませんが、もう少し量を調整すれば、失った魔力を即座に回復出来る夢のような薬が出来るのでは無いかと考え、研究しているところです」
「あー、うん……なんていうか……これ以上の研究はやめておいた方が良いと思います」
「えっ?」
「この中に含まれている物質は、魔力を補充してくれる成分でもなければ、薬になる成分でもなくて、どんな使い方をしても、生物の身体には毒でしかないので。この成分は生き物に使うものではなくて、むしろ……いえ、なんでもありません」
ワルツは言葉を止めた。ウランの使い方について、自分からヒントを与える必要は無いと判断したらしい。
対するハイスピアは、実験の手を止めて、何かを考え込むような素振りを見せていた。もしかすると、今までの動物実験のことを思い出しているのかもしれない。
そんなハイスピアに対し、ワルツは説明を付け加える。
「……薬をとても薄くして、長時間継続的に与え続けると、すぐに死に至ることはないけど、顎の組織に異常が出たり、骨が変形したりします。……昔ね、いたのよ。力が出る栄養ドリンクだと信じて飲み続けた人が、ね。それはもう悲惨なことになって、最後には死んでしまったわ?」
ワルツが具体例を掻い摘まんで説明すると、ハイスピアは驚いたような表情を見せる。
「や、やはり、人でもそうなってしまうのですか……」
ハイスピアが行っていた実験動物でも、似たような事になっていたらしい。
「えぇ。もちろん、無駄な研究では無いと思うけれど、その先にあるのは失敗だけよ?悪いことは言わないから、もっと別の研究に手を伸ばした方が良いわ?」
そう口にするワルツに対し、ハイスピアは小さいながらもコクリと頷いていた。元々、動物実験の中で悲惨な結果を目の当たりにしていて、研究が成功するか自信が無くしていたのかもしれない。
それからハイスピアは問いかけた。どうしてもワルツに確認したいことがあったのだ。
「1つ聞かせて下さい。ワルツさんはいったいどこの国の出身なのですか?あまりに詳しすぎると思うのですが……」
「そうねぇ……。学院長にしか言っていないけれど、海を越えて、森を越えて、山を越えた先にある国の出身よ?……あとできれば、次元を越えると完璧ね」
ワルツがそう口にすると、ハイスピアはクエスチョンマークを頭に浮かべていたようだが、ワルツはそれ以上説明しなかった。
ただ、そのままでは追求される可能性もあったので、ワルツは誤魔化す意味合いを込め、とある実験を実演することを決めたようである。




