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14.4-06 学生デビュー6

 アステリアからハリセンを受け取ったテレサは、言霊魔法をハリセンのパァンッという迫力で誤魔化しながら、ハイスピアの記憶を綺麗さっぱり消し飛ばした。その結果、ハイスピアは元の調子を取り戻す。


 一方で、ミレニアが、何かトンデモないものを見たと言わんばかりの表情を浮かべていたようだが、誰もそのことには触れようとはせず……。テレサがハリセンでハイスピアの頭を強打したという事実は、無事に闇へと消し去られるのであった。


 その後、釈然としないミレニアと別れた後。一行は何事も無かったかのようにミレニアに引率されて、薬学科の実験を見るために講義棟へと向かっていた。ただし、一行が見ようとしていたのは小難しい講義ではない。薬学科の教授であるハイスピアが、実演を交えながら、薬学ではどんな事が出来るのかを見せてくれることになったのだ。薬学科でやっていることも見てみたい、とワルツたちが言った後のハイスピアの表情については敢えて説明しないが、もしも彼女に尻尾が付いていたなら、今頃、彼女の尻尾は疲労骨折か何かを起こして、千切れ飛んでいた事だろう。


 酷く嬉しそうなハイスピアの後ろに続きながら、講義棟へと向かいつつ、ワルツがアステリアに質問する。


「ねぇ、アステリア?貴女、なんでハリセンなんて持っていたの?」


 ハリセンなど、どこにでもある道具でもなければ、汎用製のある道具でもなく、欲しいと言って急に出てくるような代物ではなかった。にもかかわらず、アステリアは、なぜハリセンを持っていたのか……。ワルツは気になって仕方がなかったのだ。ルシアやテレサたちも同じで、2人ともワルツとアステリアの会話に耳を傾けた。


 対するアステリアは、ワルツに怒られると思ったのか、少しだけ戸惑いながら、返答を始める。


「実は……自宅地下にいる獣人たちの間でハリセンを使った遊びが流行っているんです。ほら、一緒に住んでる騎士さんたちが剣を使って鍛錬してるじゃないですか?その真似をして、自分たちも剣の鍛錬をしようということになったんですが、木剣でも当たれば痛いですよね?でもハリセンなら痛くないし、当たったときの音も大きいから、みんな(こぞ)ってハリセンを作るようになって……」


「それでハリセンなんて持っていたのね……。流行っているだなんて知らなかったわ?紙じゃなくて、薄く切った木で作るとか、中々工夫しているじゃない?」


「えっと……ハリセンって、紙で作れるんですか?」


「えっ?あ、うん……一応ね……」


 ワルツは悟った。これがジェネレーションギャップならぬ、異世界ギャップなのか、と。どうやらこの世界——というより、レストフェン大公国では、ハリセンは木で作るものらしい。むしろハリセンよりも、扇子に近いのかも知れない。


 そんなやり取りを交わしている内に、一行は講義棟へと辿り着く。その内、薬学の実験をするための教室へと入ると、早速、喜々としたハイスピアの講義が始まった。


「では、皆さんには、薬学の授業と実験の両方を体験して貰おうと思います」


 ハイスピアは"体験"と言いつつ、普通に授業を始めた。


 流石に、内容は入門的なことだったこともあり、実験器具の使い方などがメインだった。その中には、魔法を使わなければならない器具があったが、加熱や冷却など、基本的なものであり、魔法を使えないワルツでも、現代世界の知識を応用すればどうにか代用出来なくないものばかりだったようである。


 その様子を見て、ワルツは思わず呟いた。


「まるで化学……いえ、錬金術みたいね?」


 するとハイスピアがギュンと擬音が付くほどの速度で、ワルツの方を振り向く。


「えぇ、そうです。そうですとも!薬学とは錬金術の一種。その中でも特に、人や動物など、命を持つ者を対象とした学問なのです。さてはワルツさん、錬金術を囓っていた事がありますね?」


 すごく良い笑みを浮かべながら、問いかけてくるハイスピアを前に、ワルツはどう返答すべきかを悩んだ。下手な事を言えば、ハイスピアがまたお花畑状態に戻ってしまうかもしれないと危惧していたのだ。


 結果、ワルツは、こう答えることにしたようだ。


「え、えっと、ほんの少しだけ……」


 ほんの少しだけと答えておけば、何も知らないことと同義だと捉えて貰えるはず……。そう考えて返答したワルツだったものの、どういうわけかハイスピアの顔には、直前よりも眩しい笑みが浮かんだのである。


 より具体的には——まるで、自分の仲間を見つけたかのような、嬉しそうな笑みが。

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