14.4-05 学生デビュー5
「もう、お姉ちゃんたら……」
ルシアは残念そうな視線をワルツへと向けた。彼女がなぜワルツに助けを求めようとしていたのか、その理由と現状を鑑みれば、当然の反応だと言えるだろう。
「う、うん?な、なにか拙いことしちゃった?」
ワルツは本気で理解していなかった。ルシアは学生たちと仲良くなりたいと考えていて、自身の発言に苦慮していたというのに、助けを求められたワルツは、それを最悪の形で台無しにしてしまったのである。圧倒的な力を見せつけて、皆に恐怖を植え付け、逆に皆が近付かないようにする……。ルシアが願った結末とは、綺麗に180度逆だった。
「はぁ……まぁ、お姉ちゃんだし仕方ないかぁ……」
「え゛っ……ちょっ……」
狼狽えるワルツを余所に、ルシアは地面にへたり込むミレニアの側に近寄った。そして彼女に向かって手を差し出す。
「ごめんね。ミレニアちゃん。お姉ちゃんが怖がらせちゃって。別に悪気があった訳じゃ無いんだけど、お姉ちゃん、ちょっと不器用だから……」
ちょっと不器用だから、学生たちどころか教師まで逃げ出させてしまったというのか……。いったいどんな不器用だ、とテレサ辺りは思っていたようだが、彼女は敢えて突っ込まなかった。藪蛇だったこともそうだが、ミレニアが何かを言おうとしていたからだ。
「ご……」
「……ご?」
「ごめんなさない!」
「「「「えっ」」」」
「模擬戦に自信が無いなんて言って、失礼な事を言って……ごめんなさい。あなたたちって、本当はすごく強かったのね……」
「あ、うん……強いかどうかは何とも言えないけど、気にしてないよ?実はね……入学試験の時にも一悶着あって——」
そう言いながら後ろを振り返るルシア。するとそこには、驚きのあまり頭の中がお花畑状態になったハイスピアの姿が……。どうやら彼女はショックを受けると、笑顔を浮かべながらフラフラと揺れ始めるらしい。
「入学試験の時もハイスピア先生、あんな風になっちゃうから、あまり力を出したくなかったんだよね……」
「ハイスピア先生……?」
ゆっくりと立ち上がったミレニアは、ハイスピアの名前を呼んだ。ハイスピアは学園の中で最年少で教員にまで上り詰めた人物であり、学生の中ではクールビューティーとして名高かった。しかし、今の彼女はどう見ても、クールでも、ビューティーでも、ましてやインテリジェンスにも見えず……。ミレニアは、ハイスピアに対して、何か可哀想なものを見るかのような視線を向けた。
「先生……壊れちゃったのね……」
「うん……。先生、すぐに壊れちゃうから困るんだよね……」
「なんか、言い方酷い……」
「でも直せるから安心して?」
ルシアはそう言ってテレサへと視線を向けた。ワルツの時と同じで、どうして欲しいとは言葉では言わない。
しかし、それでも、テレサには、ちゃんとルシアの言わんとしていたことが伝わっていたらしく——、
「このままでいたほうが、ハイスピア殿にとっては幸せだと思うのじゃがのう……」
——と呟きながらハイスピアの方に歩み寄って……。そして、テレサはそこで、なぜかミレニアの方へとチラッチラッと視線を向けてから、「うーむ」と考え込んだ。
その様子を見たルシアが、訝しげに問いかける。
「どうしたの?テレサちゃん」
「……いや、ミレニア殿に力を見られるのが恥ずかしいと思っての?誰かハリセン持っておらぬか?」
「「なんでハリセン……」」
「いや、ハリセンならごまかせるかと思っての?こう、バシンッ、と」
そんなもの持っているわけがない……。ルシアとワルツが揃って呆れたような表情を浮かべた。そう、浮かべたのだが——、
「あ、持ってますよ?」
——今まで話の輪に入ってこられなかったアステリアが、突然そんな事を言い出す。
「「「えっ?」」」
「いま取り出しますから、ちょっと待っててください」
アステリアはそう言って何もない空間に手を伸ばした。すると、彼女の手首から先がぬるりと虚空に消える。
「「「は?」」」
「びっくりしますよね。私も驚きました。実は、マスターワルツが作ってくれた杖を使ってからというもの、急に使えるようになったんですよ。空間魔法」
そう言いつつ、虚空から巨大なハリセンを取り出すアステリア。
そんな彼女のことを見て、ワルツたちは思った。そう、率直に思った。空間魔法を使えるようになった事についてではない。……いったいいつの間にそんな巨大なハリセンを作っていたのか、と。
今まで空気だったアステリア殿の性格の方向性が定まった瞬間なのじゃ。




