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14.3-40 中央魔法学院31

 結果発表の瞬間、ワルツは胃が痛くて仕方がなかった。もちろん、機動装甲を脱ぎ捨てた今でも、痛むような消化器官があるわけではないので、実際に腹部が痛いわけではなかったが、それでもキリキリと胃が痛いような気がしてならなかったようである。彼女にとって、入試というものは、今回が人生で初めての経験。しかも、受験者4人の中で、唯一試験らしい試験を受けずに結果だけを聞きに来たのだから、心配になるのは自然な反応だった。


 自分だけ不合格になって、赤っ恥を掻くのではないか、と。


 他の3人はどうだったかというと、ルシアとテレサは特に気にしていない様子である。2人とも落ちる気はしていなかったらしく、普段通りに平然とした表情を浮かべていたようだ。まぁ、テレサの場合は、落ちても落ちなくてもどうでも良いと考えていた節を否定出来ないが。


 ただ、アステリアは、ワルツと同じく優れない表情を浮かべていた。彼女は獣人であり、レストフェン大公国では虐げられる存在なのである。今のところ、中央魔法学院に合格した獣人は歴史上ゼロ。慣例に則るなら、彼女だけ不合格の可能性は十分に考えられた。


 学院長室に入って、部屋の主であるマグネアの机の前に並び、彼女の発言を待つ間、何とも言いがたい異様な雰囲気が、部屋の中を包み込む。


「(あー、もう、なんで私、こんなところにいるのかしら?)」

「(ちょっとだけ緊張してきたかもしれない……)」

「(昼ご飯は何を食べようかのう……)」

「(もう……ダメかも知れません……)」


 机の前に立って何秒経過したか……。緊張のあまり、待ち時間の計測を忘れていることに気付いたワルツが、どうにかその場にある時計や太陽の角度から、どのくらい待っているのかを推測出来ないかと無駄なことを考え始めた頃。ようやくマグネアが手元の書類から顔を上げて、そしてこう言った。


「全員、適性試験に問題はありませんでした」


「それって……」

「つまり……」

「全員合格……?」

「……ということですか?!」


「はい」


「「「「!」」」」ぱぁっ


 4人の表情に花が咲いたような笑みが浮かぶ。合否を気にしていなかったルシアやテレサも、喜んでいる様子だ。


「大公閣下からの推薦状もありますし、当学院としてはあなた方を入学させることに異論はありません。ただ……」


 そう言った瞬間、マグネアの表情が曇る。入学試験自体は問題なく(?)、受け入れ基準を満たしているらしいが、ほかに問題があるらしい。


 しばらく悩んだ末、マグネアが口にした質問は、当然の疑問だった。


「あなた方……特に、テレサさん、ルシアさん、ワルツさんは、レストフェンの国民ではありませんよね?当学院で貴女方を受け入れる以上、どこから来たのか、入学前に聞いておかなければならないと考えています」


「「「…………」」」


「当学院は、レストフェン大公国における技術の源、知識の源なのです。周辺諸国には、我が国、我が校の技術を手に入れたいと虎視眈々と狙っているところもあります。そういった国と繋がりが無いかを、入学前に確かめておかなければなりません」


 レストフェン大公国に来てからと言うもの、3人は"ミッドエデン"という名前を一度も口にしてこなかった。自分たちがミッドエデン出身だと分かれば、国際問題に発展する可能性があったからだ。何しろ、ワルツたちは、大公ジョセフィーヌのことを実質的に誘拐しているのである。法律に照らし合わせるなら、紛うこと無き大罪なのだから、ミッドエデンの出身であることを開かして本国を争いに巻き込むわけにはいかなかったのだ。


 しかし、現状、ジョセフィーヌは、誘拐された事を逆に感謝しており、ワルツたちの罪を追及するつもりは無かった。よって、ミッドエデンの出身であることを明かしたとしても、ワルツたちの行動がミッドエデンに影響する可能性は低くなっていると言えた。


 問題があるとすれば、レストフェン大公国という国が、現状、内戦状態にあることである。そんな国に国家の重鎮——いや自称町娘のワルツたちが留学するというのは、少なからずミッドエデンもレストフェン大公国の内戦に関与するということになり……。予想不可能な厄介な話に発展しないとも言えなかった。


 ミッドエデン出身である事を明かすのか、明かさないのか……。ルシアとテレサの視線が、ワルツの方を向いて、そしてワルツが悩ましげに眉を顰めた——そんな時のことだった。


『ふっふっふっふ〜。はっはっはっは〜!どうやらお悩みのようですね〜?お姉様〜?いえ〜……むしろ、逃亡者姉妹と言った方が良いでしょうか〜?』


 どこかで聞いた事のある間延びした声が、学院長室の中に響いてきたのである。


なお、妾の声ではない模様。

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