14.3-38 中央魔法学院29
「まったく……また、こんな面倒くさいところに上りおって……」
「付いてこないでって言ったのに」
「そういうことを言う者に限って、付いてきてほしいものなのじゃ。どれだけア嬢と一緒におると思っておる?分からないと思ったのかの?」
「…………」
ルシアはムスッとむくれたような表情を見せた。どうやら図星だったらしい。
そんな彼女がいたのは、学院の中でも一番高い場所。時計塔のその天辺である。三角屋根になっている時計塔の屋根の端に座って、足をブラブラとさせているといった様子だ。
彼女の場合は飛ぶことが出来るので、屋根に上がることなど造作も無い事だった。しかし、テレサは空を飛ぶことが出来ないので、ここまでひたすら頑張って時計塔を上がってきたようである。もちろん、外壁を登るのではなく、時計塔の中にあった階段を登るという形で。
しかし、流石に屋根の上に上がるような通路は無く、テレサは時計塔からせり出したメンテナンス用の足場に出て、そこからルシアに話しかけていた。それもおっかなびっくり、時計塔の下に広がる広大な大地に目を向けながら……。
「テレサちゃんさ、私の事を分かってるみたいな言い方をしてるけど、本当に分かってるの?」
「……差し詰め、記憶を消して欲しいのじゃろう?」
「っ!」
「自分がアルなんとかのクローン。世界を壊そうとしている者のコピー。そんな認識が無かった昔は幸せだったのじゃから、記憶を無くせばまた昔のように悩むこと無く生きられる……。そんなところじゃろ?」
「……分かってるなら消してくれれば良いのに……」
そう言って膝を抱えるルシア。
そんな彼女を少し離れた場所で見ていたテレサは、呆れたように溜息を吐いた。
「記憶を消したところで、事実は変わらぬじゃろ?」
「…………」
「ア嬢。正直に言うのじゃが、お主が何故、出生に拘っておるのか、妾にはよく分からぬのじゃ」
「いや、それさっき——」
「理由は分かっておる。妾だって、ア嬢のような状況になったら塞ぎ込んでしまうかも知れないと。じゃがの?運命の一つや二つ、星の一つや二つ、簡単に吹き飛ばせるくらいの力をお主は持っておるではないか?にも関わらず塞ぎ込んでおる理由が分からぬのじゃ。せっかく傘を持っておるのに、それを使わず、降ってくる雨に濡れておるのと同じなのじゃ」
「……テレサちゃんには分からないよ……」
「うむ、分からぬ。ただ、これだけは言えるのじゃ。1年前のア嬢に今のア嬢の姿を見せても理解出来ぬし、多分、1年後のア嬢に今のア嬢の姿を見せても理解出来ぬ、と。まぁ、それは妾自身も同じだと思うがの」
1年前の自分は、ルシアに対してこんなことを言う人物ではなかった。そして1年後の自分は、もしかするとルシアに対してもっと別のことを行っているかも知れない……。テレサはそんなことを考えながら、ルシアに対してそういった。
そしてこうも思う。
「(どうやったらア嬢の機嫌を直せるかのう……)」
言霊魔法は既に1日の使用限界である3回分を使用済みではあるが、テレサとしては、もしも言霊魔法を使えたとしても、それを使ってルシアの機嫌を直したり、彼女の記憶を消そうとは思っていなかった。喧嘩の際は報復に言霊魔法を使うなどと言っているが、ルシアに対する言霊魔法の行使は越えてはならない一線だと考えていたのだ。
ゆえに、ルシアを宥めるには別の方法——何か真っ当な方法でなければならない……。テレサはそう考えていたわけだが、正直、現状は、手詰まりの状態。ルシアの様子を見ながら、場当たり的に対応を考えるしかなかったようである。
それゆえに、テレサは考え込んでいた。考え込んでいたからこそ——、
「ねぇ、テレサちゃん」
——目の前にルシアが浮かんでいる事に、テレサは気付くのが遅れた。
「うひゃっ?!」
「……何、その反応?」
「い、い、いや、焦ったのじゃ。考え事をしておって気付いたら、目の前にア嬢がおったのじゃ。驚かない方が難しかろう?」
「……まぁ、いいけど」
ルシアはそう言ってテレサの前に降り立つと、テレサにくるりと背を向けて、そしてこう言った。
「じゃぁさ。テレサちゃんは、私が運命と闘うために全力を出しても良い……世界を滅ぼしても良いって、言ってくれる?」
対するテレサは目をパチパチとさせた後で、ルシアの発言を鼻で笑う。
「はん!お主が壊す世界を救うのが、妾の仕事のようなものなのじゃ。妾もワルツも、そしてコルや皆も、一緒にの。壊せるものなら壊してみれば良いのじゃ!そのたびに、妾たちがお主ごと世界を救ってみせるのじゃ!」
「じゃぁ、やるね」
「ちょっ?!ちょっと待つのじゃ!」
「……救ってくれるんじゃないの?」
「気分一つで唐突に崩壊する世界をどうやって救えというのじゃ……」げっそり
世界を救うとは言ったものの、目の前でルシアがいきなり世界を壊し始めた場合、どうやって対処すれば良いのか、テレサには思い付けなかったようである。現状、もしもそんな事が出来る者がいるとすれば、それは、ルシアに真っ向から魔力で対抗出来る者だけ。そんな人物などこの世界にいるのだろうか……。
そんな者いるわけがない、とテレサが考えに耽っていると——、
バフッ……
——という音とともに、何か柔らかい感覚が頬を撫でる。どういうわけか、ルシアが抱きついてきたのだ。
そして彼女はテレサの耳元で——、
「ありがと。お姉ちゃん」
——と呟くと、再び空を飛んで、時計塔を降りていった。
「……なんなのじゃ、あれは……」
一体、妹は何を考えているのか……。テレサはそう言いながら、頭をポリポリと掻いた。
そして彼女は、ふと気付いて、大きな溜息を吐く。
「降りるなら、妾も連れていってくれれば良いのに……」
自分も空を飛べれば、どれほどに素敵な事か……。それほどの力があれば、ルシアの憂いを払うことができるのだろうか……。テレサはそんな事を考えつつ、長い階段を歩いて、時計塔を降りていった。
アルタイルとの戦闘から、ア嬢の憂いはずっと続いておったのに、今まで有耶無耶になっておったからのう。この話で取りあえずの区切りを付けたかったのじゃ。




