14.3-37 中央魔法学院28
ハイスピアは名前を呼ばれた気がして、ふと我に返った。
「あれ?ここは……学院?」
「ふむ……成功しておるようじゃの」
彼女が見渡すと、目の前には4人の少女たちがいて、自分の事を心配そうに覗き込んでいた。
「あなたたちは……」
ハイスピアは記憶を思い返した。しかし彼女は4人の事を思い出せない。
「学院の生徒……ではありませんね?」
試験を受けに来た学生だろうか……。ハイスピアがそんなことを考えていると、銀色の髪を持った獣人の少女からこんな言葉が飛んでくる。
「おっほん……。どうやらハイスピア殿は、事故で頭を強く打ってしまったようなのじゃ。そのせいで記憶を失ってしまったのじゃろう。ちなみに、ハイスピア殿は妾たちの入学試験の担当教員で、全員の試験を見てもらったばかりなのじゃ?」
「あれ……そうでしたっけ……あぁ、そうでしたね。学院長から何か頼まれていた気がします」
「一先ずは保健室……があるかどうかは分からぬが、打った頭に問題は無いか、確認して貰った方が良いと思うのじゃ」
「そうですね……そうします。では、今日はこれで解散としましょう。結果は明日、学院長からあると思いますので、学院長室まで聞きに来て下さい」
ハイスピアはそう言って、何事も無かったかのように立ち上がると、教室を出た。獣人の少女に言われたように、頭に異常が無いか、治療室で見て貰うことにしたのだ。
◇
ハイスピアがいなくなった後で、ルシアは堰を切ったように言った。
「怖っ!テレサちゃんの言霊魔法、本当に何でもありだね」
「仕方なかろう?あーでもせねば、ハイスピア殿の精神は保たなかったのじゃからのう」
「……それ、悪用するのだけはやめてよね?」
「そんなことせぬわ!ただし……ア嬢がふざけたことをしない限りは、の」
テレサがハイスピアに対してこうした言霊魔法。それは、彼女の記憶を今日1日分消すことである。彼女はルシアの魔法を見ておかしくなったのだから、その記憶を消せば元通りになる、とテレサは考えたのだ。
実際、記憶を失ったハイスピアは、一見する限りでは元の調子に戻ったようだった。多少、記憶に混濁は見られるようだが、試験中のことを思い出そうとしても、記憶に靄がかかったようになり、思い出せないに違いない。
「…………」
「どうしたのじゃ?ア嬢。そんなに言霊魔法の報復が怖いのかの?」
「……別にぃ」
「……のう、ワルツよ。もしや、ア嬢は、反抗期ではなかろうか?」
最近、随分と態度の悪いルシアを前に、テレサが不満を口にする。ただ、ワルツとしては、あまり気にしたことは無かったらしく——、
「反抗期かどうかはよく分からないけれど、2人とも仲良くしなきゃダメよ?」
——という差し障りの無い返答を口にした。反抗期を体験したことの無い、あるいは反抗期とは無縁の彼女にとっては、そもそも理解出来ないことだったらしい。
ワルツの隣にいて話を聞いていたアステリアは、3人の会話に入り込めない様子だった。彼女に分かるのは、ルシアとテレサの仲が悪いような気がするということと、ルシアの魔法もテレサの魔法も両方とも恐ろしい効果を持っているということだけ。最近、奴隷から解放されたばかりの彼女としては、ただ見ていることしかできない領域の話だった。
……それゆえか、3人とも、ルシアが抱える問題に気づけなかった。もしも気付けていたなら、そもそもルシアたちは海を越えてレストフェン大公国に来る事も無かったに違いない。
「ア嬢?お主とは一度ゆっくりと話をして——」
「どうせ話をしても分かんないもん!」
「えっ」
「もう一人にして!付いてこないで!」
ルシアはそう言うと、1人、教室から出て行ってしまった。残されたワルツとアステリアは、思わず顔を見合わせて……。そしてテレサは——、
「……まったく儘ならないものですね〜……」
——と、誰にも聞こえないくらいの小さな独り言を、溜息と共に吐いたのである。
人らしさって何じゃろう、と悩む今日この頃なのじゃ。




