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14.3-36 中央魔法学院27

 ルシアとテレサが講義棟へと戻る。より具体的には、ワルツたちが待つ面接会場待合室まで戻ってきた。


 そんな待合室の廊下の壁には大きな穴が開いていた。騎士たちの戦闘によって生じた魔法の流れ弾が当たった跡だ。いや、正確には、流れ弾が当たった結果、紆余曲折あって広がった穴、と言うべきか。


 流れ弾が壁に当たって開いた穴は元々、それほど大きくはなかった。人が放つ魔法の威力など、普通はただが知れているからだ。


 ではなぜ大きな穴が開いているのかというと、ルシアのオートスペルのせいだ。壁に流れ弾が当たって、その破片が周囲に飛び散った際、ルシアのオートスペルによる人工太陽が事前にプログラムされていた通りに()()()爆発を起こしたのだ。その効果は戦車のリアクティブアーマーと同じ。飛び散った破片がルシアに向かって飛んでくるのを爆風で凌いだのである。流れ弾の魔法の威力と、ルシアの人工太陽の威力。そのどちらが大きくて、壁の穴を広げてしまったのかは、敢えて言うまでも無いだろう。


 結果、廊下は散々な状態。教室に填め込まれていた窓も全部吹き飛び、そしてなにより——、


「あははは〜」ゆらゆら


——担当教員のハイスピアの精神も、原型を留めないほどに弾け飛んでいたようだ。色々な意味で。


 ワルツとアステリアが、ルシアたちに付いて騎士たちの応援に駆けつけなかったのはそれが理由。彼女たちは壊れてしまった校舎で救助活動を行っていた——のではなく、心が壊れてしまったハイスピアのことを気に掛けて、その場に留まっていたのだ。


 教室に戻ってくるや否や、ルシアはワルツに向かって問いかけた。


「どう?お姉ちゃん。ハイスピア先生の頭、治った?」


「酷い言いようね……。まぁ、強ち間違ってはいないけれど……」


 心底朗らかそうな笑みを見せながら、ユラユラと揺れているハイスピアを横目に見ながら……。ワルツは残念そうに話し始めた。


「詳しく診てみたけど、怪我があったり、頭に何かがあたったりした痕跡は無かったわ?」


「じゃぁ、どうしてこんな風になっちゃったんだろ……。病気かなぁ?」


「病気……まぁ、病気っちゃ病気かしら?精神を患っているっていう意味では」


「うん?」


「多分、ルシアの魔法に驚きすぎて、頭がおかしくなっちゃったんだと思うのよ」


「えっ……あの程度で?」


「そう、あの程度で。ホント、困るわよね。こんなことで学院の教師が務まるのかしら?」


 ワルツは辛烈な感想を口にした。そんな彼女の発言を、普段のハイスピアが聞いていたなら、恐らくは激怒していたに違いない。


 しかし、今のハイスピアには聞こえない。


「あはははは〜」ゆらゆら


 ワルツたちが何を言っても、ハイスピアは幸せそうな笑みを浮かべていたのだ。……きっと、本当に幸せなのだろう。外部からの情報を一切シャットアウトしている今の彼女は、心の中に理想的な自分の世界を作り上げて、そこで一面に広がる花々に囲まれている——かもしれないのだから。


「コレ、放っておいたら使い物にならなくなりそうね」


「もう、手遅れなのじゃ。さっさと学院長殿に返却すべきではなかろうか?」


「いやー、責任問題になったら嫌でしょ。なんか誤魔化す方法無いかしら……あ、そうだ、テレサ。言霊魔法でどうにかならない?」


「ハイスピア殿が不憫なのじゃ……。まぁ、どうにかはなるかも知れぬが、元通りにはならぬかも知れぬのじゃ?」


「一生、ニコニコして過ごすよりはマシなんじゃない?」


「その方が幸せなら、それはそれでアリなのではないかと思わなくもないがの」


 テレサはそう言ってハイスピアの方——ではなく、ルシアの方を向いた。


「……なにさ?」


「先に謝罪を要求するのじゃ」


「えっ……いや……んー、まぁ……ハイスピア先生には申し訳ないと思っt——」


「そっちじゃなくて、妾の方に、なのじゃ!」


「あー、さっき、魔法にテレサちゃんの事を巻き込んだ時の事?いや、申し訳ないと思ってるよ?」


「…………」じとぉ


「……ごめんなさい」しゅん


「……まったく、仕方ないのう。次やったら、一生、稲荷寿司が食べられなくなるよう暗示を掛けてやるのじゃ!」


「えっ……ちょっ?!それは嫌!」


「ならもう少しは妾に対する扱いを考えるのじゃな」


「…………」むすっ


 ルシアは何か言いたげな表情を浮かべて頬を膨らませるのだが、すぐになぜかしゅんとして、(しお)らしくなってしまう。その様子を見たテレサは、ルシアが反省したと判断したようで、「はぁ」と溜息を吐いてから、ハイスピアの方へと向き直った。


 そしてテレサはハイスピアに対し——、


「さて、どんな暗示を掛けようかのう……あ、そうなのじゃ!」


——かなり適当な様子で、言霊魔法を行使したのである。


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