14.3-35 中央魔法学院26
ジョセフィーヌの騎士たちに対して怒りの回復魔法を当てて、彼らの事を蹂躙した後も、ルシアの怒りは収まっていなかった。
「戦うなら周りを巻き込まないように戦わなきゃダメじゃん!それが出来ないなら、周りのことを先に逃がすっていうのが、戦士としての筋だよね?巻き込まれて逃げられない人がいるかも知れない中で戦うとか、それただの迷惑行為だからね?知ってる?知らないから馬鹿みたいな戦い方をしていたんだと思うけどさ!」
自分たちだけでなく、学院中の人々が、騎士たちの戦闘による流れ弾を浴びたのだ。周囲を危険に巻き込んでまで戦闘を行うなど、騎士として恥ずかしくないのか……。そんな副音声が彼女の言葉に含まれていた。
対する騎士たちは唖然としていたようである。いきなりルシアが現れて、打撃効果のある回復魔法を受けた事も原因の一つ。しかし何よりの原因は、彼らが今、すっぽんぽん状態だったことだ。
ルシアの超強力な回復魔法を受けると、生身の身体は魔法を受けた衝撃によって大きく傷つくのだが、元が回復魔法なので身体は瞬時に修復されるのである。ところが、着ている服は生きているわけではないので、回復することなく衝撃を受けてビリビリに破れたままになってしまい、結果として裸になる、というわけだ。
その上、騎士たちはルシアの重力制御魔法の影響下にあり、一人一人巨大な腕に握り締められるかのように持ち上げられて、身動きが取れない上で打撃魔法(?)を受けたのだから、精神的な苦痛は相当のものだったことだろう。彼らの目が死んだ魚のようになっていたことが、その十分すぎる証拠である。
結果、騎士たちが力なく地面にへたり込んでいると、彼らの元に——、
「……申し訳ございません。ルシア様」
——彼らの主である大公ジョセフィーヌが現れた。
「彼らは私の事を守ろうとして戦ったのです。今回の件で責任があるとすれば、すべて私にあります。責めるのでしたら、どうか彼らではなく、私のことを責めてください」
そう言って頭を下げようとするジョセフィーヌ。
本来、国のトップであるジョセフィーヌが、どこの馬の骨とも分からないルシアに頭を下げるというのはありえない事だった。いや、正確に言うなら、多数の学生たちが見ているかも知れない状況の中で頭を下げるというのは、あってはならないことである。学生たちにとってジョセフィーヌは雲の上の存在であり、下手をすれば崇拝の対象として見られていてもおかしくない人物なのである。そんな彼女がルシアに頭を下げているような場面を学生たちが見たなら、どんな混乱が生じるのか……。もはや、予測不能だと言えたのだ。
それを察したのか、ジョセフィーヌが頭を下げる直前、彼女の行為を阻止しようとする声が上がった。……ただし、ルシアの足下から。
「ジョ、ジョセフィーヌ殿!頭を下げてはならぬ!もしも頭を下げるのなら、誰も見ておらぬところで下げるべきなのじゃ!」
「!」
テレサの指摘を聞いたジョセフィーヌは、すぐさま、その言葉の意味を理解して頭を下げるのを止めた。頭を下げることによって、逆にルシアたちに不都合が生じる展開になるかもしれないことを察したのだ。
そしてジョセフィーヌはその声がした方向へと視線を向ける。するとそこには無残にも、地面に大の字でめり込む狐娘の姿が……。ただし、彼女は、戦闘に巻き込まれたわけではないようだ。
「というか、ア嬢!いい加減、超重力を解除するのじゃ!お主、妾を何だと思っておる!」
「あ、ごめん。ついうっかり……」ブゥン
「お主、絶対に許さぬからな!覚えておるのじゃ!」ぜぇはぁ
そう言いながら、テレサは立ち上がった。騎士たちに対する重力制御魔法は既に解除されていたというのに、テレサだけは今の今まで重力制御魔法の影響を受けていたらしい。
その結果、激怒していたテレサを見て、騎士たちは思う。……先ほど『戦うなら周りを巻き込まないように戦うべき』と言っていた者がいたような気がする、と。
騎士たちがそんなことを考えていると分かっているのか分かっていないのか……。ルシアは総括するように言った。
「今度から戦うときは、周りに迷惑を掛けないように戦うこと。勝てないのが分かってるのに戦わないこと。あと、どうにもならないと思ったら、すぐに私たちに声をかけること。何千人いようが何万人いようが、今みたいに全部追い返すから。それがプライド的に受け入れられないっていうなら……私たちも強くなることだね?」
ルシアはそう言ってテレサの手を握りしめ、踵を返した。
対する騎士たちは2人の背中をジッと見送るのだが、プライドを貶された悔しさを表情に浮かべる者は誰一人としていなかったようである。もしかすると、プライドどころの話ではなくなっていたのかも知れない。
騎士たちが失ったもの→プライド
妾が失ったもの→人権




