6序-21 テレサと水竜の円舞曲3
地下大工房の居住区近くにあるホムンクルス用メンテナンス室。
その一角に並べられた倒した円筒のような5つのカプセルに、テレサと水竜は近づいていく。
「これはまた、すごいところですな・・・」
「これしきの事で驚くなかれ、じゃ」
まるで、外装を外したエネルギア(飛行艇)内のように、所狭しと並べられた配管を目の当たりにして、唖然とする水竜。
テレサは、そういうものだと受け入れることにしているようである。
「コルよ、おるか?」
『いますよ〜?』
カプセルに向かってテレサが言葉を投げかけると、中にいたコルテックスから声が返ってきた。
「どこじゃ?」
『ここです』
コンコンコン・・・
カプセルの中から、コルテックスが壁を叩く。
音のしたカプセルの窓を覗き込むと、
『すみません。まだメンテナンス中なので、直ぐには出られませんよ〜?』
首から下を、何やら緑色に発光する液体に浸しながら仰向けに寝ているコルテックスが口を開いた。
「うむ。そのままでよい。ちょっと教えてほしいのじゃが、ワルツはどこに行ったか知っておるか?」
そう、このメンテナンス室にもワルツはいなかったのである。
「お姉さまですか〜?『神ってなんだろう・・・』って言いながら『賢者さんに聞けば分かるかしら?』って言って部屋を出て行ったので、来賓室ではないでしょうか〜?」
ワルツの声を忠実に再現するコルテックス。
彼女なら、『アル○○ル』を完璧に発音できるのではないだろうか。
「ん?そうじゃったか・・・意外に近くにいたのかも知れぬな」
テレサ達が最初にいた図書館のすぐ近くに、賢者たちのいる来賓室があったのである。
入れ違いだったのかもしれない。
「なら戻るか・・・水竜よ?」
・・・だが、水竜からの返事は無かった。
「ん?水竜?」
テレサが水竜の方を向くと、
「・・・」
脂汗を流しながら、顔面蒼白の状態で固まっている水竜の姿が眼に入ってくる。
「ん?」
そんな彼女の様子をテレサが訝しんでいると、
『・・・ところでテレサ様?』
コルテックスから声が飛んで来た。
『報告書の方は眼を通していただけたのでしょうか〜?』
「あっ・・・」
そして、テレサも固まった。
・・・すっかり、報告書のことを忘れていたのである。
『もちろん水竜様も、私が用意した絵本を読み終わっていただけたのですよね〜?』
ビクン!
と、水竜が小さく跳ねる。
『・・・それとも、それ以上に重要なことがあって、お姉さまを探していらっしゃるのでしょうか〜?』
ゴゴゴゴゴ・・・
「(・・・ど、どうするのじゃ?水竜よ?)」
「(コルテックス様は今のところ、身動きがとれないようでございますゆえ、ここは戦術的撤退を・・・)」
「(・・・妾も丁度同じことを考えておったのじゃ)」
『(・・・逃げるのじゃ!)(・・・逃げるのです!)』
そして2人は逃げ出した。
その後、2人は王城の図書館前まで戻ってくる。
「後が怖いのう・・・」
「コルテックス様が帰って来られる前に、本を読み終わってしまうべきでしょうな・・・」
「じゃが、近くにおるかもしれぬのじゃぞ?それに、もうすぐ夕食時じゃ。今から作業に戻っても、身が入らぬとは思わぬか?」
「・・・確かにそうでございますね」
・・・というわけで、2人は図書館近くにあった来賓室へと足を向けた。
コンコンコン・・・
「失礼するのじゃ」
「失礼する」
2人が来賓室の扉を開けて入ろうとすると、
「ちょっ、待てっ!」
「タイミングが悪いな・・・」
中から剣士と賢者の声が聞こえてきた。
・・・しかしそんな声とは裏腹に、テレサによって開かれかけた扉が急に止まるわけもなく、完全に開ききってしまう。
「・・・お主ら、一体、何をやっておる・・・」
「オス同士のスキンシップですかな?」
扉を開いた先で、剣士と賢者が、何故か上半身裸だったことに、ジト目を向けるテレサ。
一方、なんてことはない、といった様子の水竜。
「いや、これには訳が・・・」
「何を取り乱してるんだ、ビクトール?」
剣士は顔を真赤にして挙動不審になっていたが、賢者の方は、別に問題はないだろう、といった様子である。
「・・・で、何をしておったのじゃ?その如何によっては、それ相応の対応を取らせてもらうのじゃ・・・」
極寒期のツンドラよりも冷たいのではないかと思うような視線を2人に向けるテレサ。
「け、賢者には、天使化した際の姿を見せてもらってたんだ。というか、さっきまでワルツが見せろって、うるさかったんだよ・・・」
「ほう?ワルツがおったのか?」
「あぁ。もうどこかに行ったけどな」
「そうじゃったか・・・」
剣士の言葉に落胆するテレサ。
「では、何故剣士殿も裸なのじゃ?」
すると今度は賢者が口を開く。
「それはビクトールが腕を失って治療を受けたと聞いたから、後学のためにどのような治療を受けたのか確認したいと、私が言ったのだ」
「そうそう!」
すかさず肯定する剣士。
「ふむ・・・。まぁ、今回はそういうことにしておくかのう・・・」
「ちょっ・・・絶対信じてないだろ?!」
「ん?何れにしても、要注意人物ということには変わりはないからのう・・・」
「だから、違うって・・・」
だが、ワルツがいないことで2人に興味を失ったテレサには、何をどう弁解しても意味はなかった。
すると今度は、必死になって弁解する剣士の姿を見ていた水竜が口を開く。
「剣士殿。何を恥じらうことがあるのですかな?」
「えっ・・・?」
「オス同士が身体の立派さを競うのは、繁殖活動上当たり前のことでしょう」
「どうしてそうなる・・・」
黙って聞いていた賢者も、思わず呟く。
どうやら、水竜の世界では、当然のことらしい。
「まぁ、良い。ワルツがいないのでは、ここにいても仕方が無いのじゃ」
ため息混じりに、テレサが呟く。
・・・すると、
「なぁ、テレサ様。一つ聞きたいんだが・・・」
と、剣士が口を開く。
「ん?なんじゃ?」
「普通、テレサ様位の女の子が男の裸を見たら、『キャー』とか叫ぶものなんじゃないか?」
「はぁ?何を言っておる?そんな貧相な身体つきを見て、何を欲情しろと言うのじゃ?」
「ひ、貧相・・・」
ガクッ、と地面に崩れ落ちる剣士。
体型には自信があったらしい。
「それに妾には、将来の夫がおるしのう」
『・・・』
・・・どうやら、テレサの頭の中は、誰にも理解できない作りになっているようである。
「さて・・・あぁ、一つ聞きたいのじゃが、お主達、ワルツがどこへ行ったのか知っておるか?」
「・・・いや、知らないな」
崩れ落ちた剣士の代わりに、賢者が答えた。
「そうか・・・。すまない、邪魔をしたのじゃ。続きを楽しむとよい」
「ちょっ・・・だから違」
バタン!
外に出たテレサと水竜によって、来賓室の扉が閉められた。
「水竜よ。あの者達には警戒するのじゃぞ?」
「はあ・・・」
そして水竜は、剣士たちだけでなく、テレサのことも、警戒するようになったとか、ならなかったとか・・・。
ん?妾の頭がおかしい?
そんなわけなかろう。
妾がおかしいのではなく、世界の方がおかしいのじゃ。
・・・というわけで、我が家に戻ってきたのじゃ。
主よ・・・尻尾が折れそうなほどに痛いのじゃ・・・どうにかならぬかのう・・・。




