14.3-33 中央魔法学院24
学院内にいた全員が、大きな音に反応する。例外はない。音と振動が学院全体を包み込んだのだから、反応しない方が難しかったのだ。
それほどまでに大きな振動だった。しかも、1回だけでなく、断続的に続いていた。一部の教師や学生たちは、試験を受けに来た子供たちがまた何かをやったのだろう、と考えていたようだが、当然そんなわけは無く——、
「一体何?」
——試験が終わったことを誰よりも良く把握していたハイスピアは、すぐさま反応して、机から立ち上がった。
そんな彼女はこの瞬間まで、面接会場となっていた教室の中で一人きり、自分の教師人生について考え込んでいたようである。教師として上手くやっていけるのか、学院長に諭されはしたものの、自信は失ったままだったのだ。
だが、流石に学院の一大事を前に引き籠もっているわけにも行かず、彼女は教師としてやるべき事を行おうとする。すなわち、入試に来た子供たちの避難誘導だ。
大きな事件や事故が起こった場合、教師たちは、担当する生徒たちのことを誘導して、安全を確保しなければならないという決まりがあった。避難場所は状況に応じて異なり、魔物たちによる襲撃——具体例としてグラッジモンキーが襲撃してきた時などは、屋内の特に頑丈な部屋の中に避難するというのがルールだ。屋内に出ると魔物たちに襲われる危険性があるからだ。
逆に、建物内で爆発や火災が生じた場合は屋外のグラウンドに避難するよう決められていた。屋内にいて逃げ場を失うというのは悪手だからだ。
よって、教師たちは、事件が起こったときに、いち早く、屋内に逃げるべきか、屋外に逃げるべきかを判断する必要があった。ハイスピアも例外ではなかったので、彼女は情報収集をすべく、廊下へと飛び出した。
するとそこには——、
「あっ、ハイスピア先生!」
「私たち、どうすれば……」
「……やっぱ、あれじゃない?あれ」
「……じゃろうのう」
——ハイスピアのことを探していたのか、入試を受けにやってきた子供たちの姿があった。
4人を見つけた瞬間、ハイスピアは内心で、うっ、と身構えた。4人の存在が、ハイスピアの中で、ある種のトラウマになっていたからだ。苦手に思っていた、と言っても良いかも知れない。特に、心の準備が出来ていない状態で4人の受験者たちに会うのは、ハイスピアにとって、大きな負担に感じられていたようである。
しかし、ハイスピアは4人の前から逃げ出すわけにはいかなかった。彼女は教師であり、学生——引いては子供たちにとって規範となるべき存在だからだ。
ゆえに彼女は、砕けそうになっていた心を責任感でどうにか補強して、そこにいた子供たちに対し、避難場所が確定するまでは大人しく教室で——、
「み、皆さん。指示があるまで教室で——」
——待機するように伝えようとする直前。
ドゴォォォォン!!
その場が音と光に包まれた。
◇
「ここで奴を取り逃がせば、帰る場所は無くなると思え!」
学院の校門では、小さいながらも紛うこと無き戦争が繰り広げられていた。兵士と兵士のぶつかり合いだ。より具体的には、公都からやってきた中隊規模の兵士たちと、元々学院にいた大公ジョセフィーヌの近衛騎士たち数十人がぶつかり合っていたという形だ。
戦況は、近衛騎士たちの方が圧倒的に不利。というのも、学院の校門が、ルシアによって魔法で吹き飛ばされた時のままで修復されておらず、公都の兵士たちの侵入を阻めない状況にあったからだ。もしも校門が修復されていたなら、少数の騎士たちでも戦いようはあったに違いない。
結果、戦闘は熾烈を極めていた。双方の兵士たちが、全滅を辞さない覚悟で命をかけて戦っていたので、学院の施設に被害が及ぶなど到底考えずに、遠距離攻撃系の魔法をバンバンと連射している状況だ。
当然、標的に当たらずに、学院の施設に当たる流れ弾も発生した。正門から比較的近い位置にあった訓練棟や研究棟、その向こう側にあった食堂や講義棟の壁まで火魔法の流れ弾が当たり——、
ズドォォォォン!!
——と大きな爆発を起こす。
公都からやってきた兵士たちに、流れ弾によって学生たちが怪我をするかもしれないなどという思考は微塵も無かった。元々、彼らは、学院がジョセフィーヌ側に付いていた場合、教員、学生を関係無しに反逆者と見なして、捕縛するか、最悪殺害するつもりでいたからだ。
反撃するのなら容赦はしない……。全力を出して戦う兵士たちを前に、ジョセフィーヌ側の騎士たちは死を覚悟した。
しかし、結果として、騎士たちの方に死者が出ることは無かった。あるタイミングから——、
ギュゥンッ!!
「んなっ?!」
「魔法が……曲がる?!」
「馬鹿なっ!」
——公都から来た兵士たちの魔法が、まったく当たらなくなった上、空の彼方に飛んでいくようになったからだ。もう一つ付け加えるなら、ジョセフィーヌ側の騎士たちの魔法も同じで、真っ直ぐに飛ばすに、空へと曲がって飛んでいくようになってしまったようである。
例えるなら——何か強大な力で、無理矢理魔法のベクトルをねじ曲げられているかのように。
忘れてはならぬ兵士たちの存在。




