14.3-31 中央魔法学院22
「何かあったのですか?」
訓練棟へと最初にやってきたのは学院長のマグネアだった。いや、正確に言うなら、彼女を先頭にして、教員たちや学生たちが集まってきた、と言うべきか。大きな音と、眩い光、激しい振動、その他諸々の大変動が試験によって生じたので、いったい何が起こったのかと皆が一斉に様子を見に来たのである。事情を知らない彼女たちにとっては、学院内で大爆発が起こったか、あるいは戦争でも勃発したのではないかと思えていたに違いない。
マグネアの問いかけは、試験担当のハイスピアへと向けられていた。試験の責任者は彼女なのだから、当然の問いかけと言えよう。
対するハイスピアは、ルシアの魔法の影響を受けて、心ここにあらず状態。「えへへ……」と朗らかな笑みを浮かべながら、揺れているだけだった。
そんな彼女に気付いていたワルツは、尚更に慌てたようである。このままだと自分だけ追試験を行うという展開になりそうだからだ。
「(拙い……拙いわ……。いっそのこと、集まってきた学院長たちを皆、気絶させてすべてをゼロに戻す?でもどうやって?)」
ワルツは高速思考空間内で対応策を考えた。非暴力的な対応から、実力行使を含めた様々な対応策をだ。だが、考える事は出来ても、武器も道具もない現状、彼女に出来る事は何も無かった。学院長たちが来る前なら、テレサの言霊魔法を使ってハイスピアを洗脳(?)し、合格したことにすることもできたが、それも今では手遅れ状態。まさに、手詰まり状態と言えたのである。……なお、真面目に再試験を受けるという考えは、ワルツの中にはこれっぽっちも無い模様。
ゆえに、ワルツが狼狽えていると、壊れているように見えたハイスピアが、フラフラと学院長の方へと近付いていく。一見して壊れているように見えていたが、どうやら完全に精神崩壊(?)を起こしているというわけではなかったらしい。
彼女は、背の低い学院長の前まで歩いて行くと、とても良い笑みを浮かべながら、試験の内容を報告した。
「みなさん、とても素晴らしい入学希望者のようです。正直、このまま教師を続けていく自身が無くなってきました。そういうわけなので、教員を辞めても良いですか?」
ハイスピアの精神は、やはり崩壊寸前だったらしい。これまでの自分の常識を木っ端微塵に粉砕されたらしく、何もかもが嫌になってしまったようだ。……自分が今までやってきた事は、すべて無駄だったのではないか。これから自分は教師として——あるいは研究者としてやっていけないのではないか、と。
そんなハイスピアに対し、学院長マグネアは言った。
「……これから時代は大きく変わろうとしているのです。その変化に付いていけないのなら、この学院を去るというのも一つの選択肢でしょう。しかし、私はあなたのような若い研究者に期待しているのです。あなたたちのような若い研究者なら、柔軟な思考を持って、変化に対応し、そして乗り越えて行ってくれる、と」
どこからどう見てもハイスピアよりも若く見えるマグネアの言葉は、ツッコミどころ満載の発言だった。しかし、ハイスピアは、マグネアの引き留めに頷いて、一先ずは学院を辞めるという選択を保留にしておくことにしたようである。
結果、少しは落ち着いた様子のハイスピアに対し、マグネアが再度、問いかけた。
「いったい何があったのですか?」
「ルシアさんの魔法が……すごかったのです」
「すごい……?すごいだけではよく分かりませんが……」
「……私にもよく分からないのです。一瞬にして様々な魔法が同時に発動して、訓練棟を吹き飛ばしたり、修復したり、的を消滅させたり……」
「……なるほど。あとで整理が付いたら、レポートにまとめて報告してください」
「はい……。上手くまとめられる自信はありませんが……」
「まとまっているかどうかは後で確認しましょう。それで、試験の方は?」
皆、合格したのか……。マグネアのその言葉を聞いた瞬間、ワルツはビクッと肩をふるわせた。自分だけは未だ試験を受けていなかったからだ。
そんな彼女としては、魔法を使えないので、レーザーか何かでも撃って的を破壊し、魔法だと言い張ろうと考えていたようである。試験監督として身の入っていなさそうなハイスピアならどうにか誤魔化し通せそう……。そんな理由もあって、ワルツは追試験を怖れていたのだ。再試験の際は、試験担当がハイスピアではない別の人物に変わってしまう可能性もあるのだから。
しかし——、
「えぇ、実技試験は全員合格です」
——ワルツの試験が行われることはなかった。ハイスピアの頭の中では、ワルツの試験はやった事になっているらしい。あるいは、完全に忘れられているか。いや、むしろ、後者の可能性が限りなく高いだろう。
「(……まぁいっか)」
とりあえずハイスピアの言質は取れたので、ワルツは考えるのをやめたようである。いまここで話を蒸し返せば、藪蛇になる気がする……。ワルツはそんな直感があったようだ。




