14.3-30 中央魔法学院21
訓練棟の外にいた者たちは、突然響いてきた音と振動に驚き、一斉に頭を抱えて、その場で縮こまった。その間、1〜2秒。次に彼らは、音がした方へと視線を向けた。ここに至るまで合計約4秒。
その時点で、ルシアの回復魔法(?)によって生じた衝撃は、オートスペルによる重力制御魔法の緩衝を受けて収束しており、外から見る限り、訓練棟が吹き飛んでいる——ようにはみえなかった。……そう、学生たちも教師たちも、ルシアの魔法を直接見なかったのである。
ただ2人の例外、試験担当官のハイスピアと——、
「くふっ!良い……良いよ!思った通り!いえ、想像以上!」
——もう一人を除いて。
◇
「ハイスピア先生。的は壊れましたけど……これでいいですか?」
的以外のものを元通りに戻した後で、ルシアはハイスピアへと問いかけた。試験に通った自信はあるが、どうしても確認したかったらしい。
というのも、ハイスピアが——、
「 」ぽかーん
——心ここにあらず、といった様子で放心していたからだ。今の彼女の姿を絵に描くとすれば、真っ白。燃えかすのようだったと表現出来よう。
「あの……ハイスピア先生?」
「はっ?!」
再びルシアが問いかけると、ハイスピアの意識が戻ってくる。
そんな彼女は周囲の景色を見渡して、そして何故か安堵したような表情を浮かべていた。訓練棟が無事だった様子を見て、実際安堵したらしい。恐らくは、先ほどのルシアの魔法攻撃を幻覚か何かだったのだろうと思い込むことにしたのだろう。
それからハイスピアは消滅したミスリルの的の方へと視線を向ける。しかし、彼女の視線の先にあるはずの的は綺麗さっぱり消し飛んでいて、まるで最初から存在していないかのよう。的を見つけられた無かったハイスピアは、一瞬だけ表情を固まらせると、その直後から、どういうわけか、今度はにこやかな表情を浮かべ始めた。それも、身体をフラフラと左右に揺らしながら。
そんなハイスピアの目が死んだ魚のようになっている様子に気付いて、ワルツは悟る。
「あ、壊れた」
と。ルシアの魔法があまりに壮絶で、頭が理解することを放棄したのだろう……。ハイスピアの姿を見たワルツは確信した。これまでにも、同じような反応を見せていた者たちがいたので、すぐに分かったらしい。
この時、ワルツは、内心で慌てていたようである。次の試験はワルツの番なので、今、ハイスピアに壊れられると困るからだ。ルシアの試験でハイスピアが燃え尽きた(?)とすると、ワルツだけ再試験の可能性が捨てきれず……。コミュニケーションに難のある彼女にとって、近くに仲間がいない状態での再試験は、もはや罰ゲームも同然。ワルツとしては、可能な限り今回のテストで合格を捥ぎ取りたかったのである。
結果——、
「あ、あの、ハイスピア先生?次の試験をしましょう?次の試験」
——ワルツは慌てて、ハイスピアにしがみついて、彼女のことを揺らした。
しかし、既にハイスピアの精神は粉々に崩壊していたのか、ワルツが彼女のことを大きく揺らしても、まったく反応は無い。ニコニコしながら「えへへ」と笑みを浮かべているだけだ。
「ちょっ……ルシア?!ハイスピア先生に何か変な魔法使ってないわよね?完全に壊れちゃってるわよ?コレ……」
「効果があったとすれば回復魔法だけだけど、頭がおかしくなるような効果は無いと思うけどなぁ……。叩けば治るんじゃないかなぁ?」
「電化製品でもあるまいし……」
そう言いつつ、ワルツは本気で考えた。揺らしてもダメなら、強い衝撃を与える——つまり叩くしかないのではないか、と。
そして、彼女が実際にハイスピアの頭を強打してみようと腕を構えたとき——、
「何かあったのですか?」
——その場に学院長がやって来る。どうやら、ルシアが放った魔法に気付いて、慌ててやって来たようだ。




