14.3-27 中央魔法学院18
新米魔法教師ハイスピアは、アステリアが魔法の行使に失敗する瞬間を待っていた。逆に、アステリアが魔法に成功する光景をハイスピアには想像出来なかったのだ。
「(さて、何を使うのかしら?炎?氷?いずれにしても、50m先のミスリルの的を破壊するなんて不可能よ)」
早く終わらないだろうか……。ハイスピアの頭の中は、試験などどうでも良いから早く終わらせたい、という気持ちで一杯だった。彼女自身、アステリアのような獣人たちを、心のどこかで軽蔑していて、試験など無駄だとしか思えなかったのである。時間を掛けるだけ無駄……。アステリアが少しでも躊躇しようものなら、その時点で即、試験終了にしてやろうとすら考えていた。
「(もう良いわよね?杖を構えてから5秒は経ったもの。この子に才能なんて——)」
ない……。ハイスピアがそう断定しようとした、そんな時。
ズドォォォォン!!
大地を揺るがすような轟音と振動が周囲を包み込む。そしてほんの少しだけ遅れて爆風も突き抜けた。音にしろ風にしろ、飛んできたのは的の方。
まさか、と思ったのか、ハイスピアは、ギギギギギ、という音がするのではないかと思えるような首の動きで、ミスリル製の的の方を振り向いた。するとそこには、小さなクレーターが出来ていて、地面に固定したはずの的が板状に延びていたようである。例えるなら——まるで超重量の大きなハンマーで叩き付けたかのように。
「やりました!」
「良い感じじゃない。魔力はセーブ出来たのね?」
「はい!全力で魔法を撃ったら、前みたいなことになって、起きれなくなりますからね」
アステリアは嬉しそうにワルツとハイタッチを交わした。魔法学院の入学試験の中でも、特に厳しいとされる魔法の実技試験を、難なく突破したのだ。喜んで当然の反応だと言えよう。
一方、試験担当のハイスピアは、原型を留めていないミスリル製の的を前にしてしばらくの間、無表情のまま途方に暮れ……。そしてまたしばらく経ってから、今度は顔を青ざめさせていたようである。理由は二つ。その一つ目は、アステリアが強大な魔法を使って、ミスリルの的を破壊してしまった事に対して驚いていたため。そしてもう一つは——、
「(ヤバい……怒られる……!)」
——ミスリルの的は非常に高価で、そもそも破壊される事を想定しておらず、このままだと顛末書を書かなければならないためだ。しかも、入学試験には本来、ミスリルの的を使うというルールは存在しないのだ。間違いなく、訓告以上の処分が下される……。それを想像しただけでハイスピアの胃は、キリキリと痛んだようである。
それから数秒後、ハイスピアは対応を決める。そんな彼女の表情は、妙に穏やかだった。
「(……よし。魔力が強そうだったからミスリルの的を使ったことにしよう!学院長ったら、この子たちが特別だって知ってて私に任せたのね!そうに違いないのだわ!)」
彼女は方針を180度転換した。それほどにアステリアの魔法は強力で、試験結果としてはこれ以上無いほどに申し分ないものだったからだ。
結果、彼女は、何食わぬ顔で2つ目の的の準備をすると、アステリアたちのところに戻って、次の人物の名前を呼んだ。
「次、テレサさん」
あいうえお順で、アステリアの次はテレサである。
順番が回ってきたテレサは、ワルツの方を向いて、問いかけた。
「ワルツ。制限開放の許可が欲しいのじゃ」
しかしワルツは首を縦に振らない。
「制限を解放したところで、貴女、攻撃魔法は使えないでしょ?」
「一応、コルが使える魔法は全部使えるはずなのじゃが……というか拳で……いや何でもないのじゃ……」
テレサは諦めたように肩を落とすと、的の方——ではなく、ハイスピアの方を向いた。
対するハイスピアは、テレサが何をしようとしているのか分からず、眉を顰めたようである。直前のテレサとワルツの会話を聞く限りでは、テレサは攻撃魔法が使えないのだから、もしや試験の辞退を伝えようとしているのではないか……。そんなことを考えたらしい。
しかし、テレサは諦めたわけではなかった。制限を解放されずとも、彼女には強力な魔法があるからだ。
「しかたない……ハイスピア殿よ。"妾を合格にするのじゃ"」
その瞬間、テレサの尻尾が1本消える。言霊魔法だ。攻撃魔法が使えないテレサにとって、無難に試験を突破する方法。それは、担当教員の思考を強制的に書き換えるというものだった。
だって……妾にはそれしか出来ないのじゃから、仕方ないじゃろ?




