14.3-19 中央魔法学院10
「(何者なのかしら……)」
部屋の中から電波が漏れ出ていたのは一瞬だけ。今ではピタリと止まっていた。
ゆえに、電波の発信源を特定するのは難しかった。自然現象として絶対に起こらないとは言い切れないので、電波の発信源が学院長本人であるとは断定出来ず……。
「(警戒するに越した事は無いわね……)」
ワルツは内心で学院長に対する警戒を継続することにしたようだ。
一方、ジョセフィーヌは、平伏する学院長の前で、どう対応すべきかと困っていたようである。部屋に入る直前、ワルツから警戒するように言われたが、今のところ危険な事は無く……。このまま対応すべきか、それとも何か確認すべき事があるのか、悩んでいたのだ。
結果、彼女はワルツに向かって視線を向けた。するとワルツも、ジョセフィーヌが何を言わんとしていたのか察することが出来たらしく、首を横に振った。その意味は、"特に問題は無し"。
対するジョセフィーヌは、フッと小さく笑みを見せると、学院長に向かって話し始めた。
「お顔を上げてください、カインベルク卿」
どうやら学院長の名前はカインベルクと言うらしい。"卿"という敬称があることから、貴族でもあるのだろう。
「はっ!」
学院長カインベルクは、ジョセフィーヌに言われたとおり顔を上げて、そして彼女の事を見上げた。その際、彼女の視線がチラッと誰かを見たようだが、少なくとも自分ではなかったためか、ワルツは気にしなかったようである。
カインベルクは顔を上げるや否や、再び頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「すぐに大公閣下と気付かず、誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、今の私は大公の座を追われている身。大公と言える立場にあるかも分からない、ただの一般人のようなものです。今後は私の事をジョセフィーヌとお呼びください」
「はっ!公都で何かあったのですか?」
事情を問いかけてくるカインベルクに対し、ジョセフィーヌは事情を掻い摘まんで説明した。用事があって公都を抜け出し、そして戻ったら兵士たちに襲われた……。その際、説明の中にワルツたちの名前が出てこなかったのは、余計な事を言うまいとあらかじめシナリオを考えていたためだろう。
「そのような事が……」
「単刀直入にお聞きします。カインベルク卿は……学院は、私たちにお力添えをして頂けるのでしょうか?それとも——」
公都にいる貴族たちの側について、自分たちとは敵対関係になるのか……。ジョセフィーヌがそう問いかける前に、カインベルクは首を縦に振った。
「もちろん、私たちの意思はジョセフィーヌ様と共にございます。是非、公都を取り戻すお力添えをさせてください」
「……助かります」
カインベルクの返答を聞いたジョセフィーヌは、肩の荷が下りたかのように安堵した表情を見せた。もしもここでカインベルクに断られていたなら、すべてが水泡に帰していたからだ。
そんな2人のやり取りを眺めながら、ワルツは考える。
「(まず、第一関門は突破ね……。それはそれとして……なんか心苦しいわね……)」
自動杖の仕組みを知るために、ワルツたちは学院に入ろうとしていた訳だが、学院との協力が取り付けられたことで、まずは門前払いの可能性は無くなった。その点についてワルツは、ひとまず安堵していたようである。
しかし、彼女たちがやろうと思えば、公都を取り戻すことなど簡単なこと。まるで、人の不幸を利用するような形になってしまった現状に、彼女は居たたまれない気持ちになっていたのだ。
できるだけ内政干渉はしない。しかし、今、こうしてジョセフィーヌたちと共に学院にやってきているのは、内政干渉といえるのではないか……。そんな矛盾がワルツの中で渦巻いていたようだ。




