14.2-15 視察6
ワルツは強かだった——というわけではない。彼女は根っからの小心者だったがゆえに、例えジョセフィーヌが譲歩しても、その譲歩を利用して自分の欲を叶えようとはしなかったのである。尤も、彼女の中に世俗的な欲があるのかどうかはまた別の話だが。
「獣人たちに対する待遇の改善を要求するわ?だってほら、ルシアも獣人だし、テレサだって尻尾と耳は外れるけれど、一応は獣人だし。そんな感じでウチの国って、獣人が多いから、いつかこの国と国交を持つことになったら、大変な事になると思うのよ。もう、戦争よ?戦争。技術欲しいんでしょ?いらないなら、別に構わないけど……」
ワルツは、獣人たちに対する扱いを具体的にどう改善するのかについては、敢えて言葉を濁した。獣人たちの人権や保護を訴えたところで、ただ歪な関係にになるだけ。本当に改善を目指すなら、ジョセフィーヌたちレストフェン大公国の者たちが、どうすべきかのイメージを明確に持って、改革を進めていかなければならない、とワルツは考えていたのだ。
ワルツが目指す獣人と人間との関わり方。それは言うまでもなく、ミッドエデンやその周辺諸国のように、獣人であっても人間であっても、同じ種族のように関わり合うというものである。というより、獣人も人間も、生物的に言えば、まったく同じ種族なのだ。肌の色の違いと同じようなものなので、差別をするだけ無駄だと言えたのである。
対するジョセフィーヌは、ワルツの要求を聞いて、どういうわけか眉を顰めた。ただし、その反応は、ワルツの提案を受け入れ難かったから、というわけではない。
「あの……そのことにつきましては、公都に戻り次第、改善に取り組む予定です。ワルツ様がご要望されなくても、粛々と進めて参ります」
ワルツたちに誘拐されて意識が戻ってからの2日間、ジョセフィーヌは獣人たちと短くない時間を共に過ごしてきたわけだが、その間に彼女は、獣人たちに対する考え方を変えていた。中でも、彼女の考えを大きく変えたのは、ルシアとテレサ、それにアステリアの存在だ。3人とも、ジョセフィーヌが当初思っていたよりも遙かに賢く、また、人間味に溢れており、姿を見ずに会話だけを交わすなら、一般的な人間と会話をするのと何ら変わりは無かったのだ。
その結果、ジョセフィーヌの中には、一つの疑問が浮かんで来ていた。……人と獣人の違いは何なのだろうか、と。
「これまで我が国では、獣人の方々を差別してきました。それも、自分たちの行動の意味や、獣人の方々の考えに疑問を持つこと無く、何十年も、何百年も……。しかし、こうしてルシア様やテレサ様とお話をしている内に、自分の考えに疑問をもつと言いますか……よく分からなくなってきました。一体、人とは何なのか、獣人とは何なのか、と……」
その答えは、"まったく同じ"、である。ワルツはそのことを知っていたが、しかし、彼女がその答えを口にすることはなかった。その答えは誰かに教えて貰うものではなく、自分で——あるいは自分たちで見つけるものだからだ。
「良い傾向なんじゃないかしら?でも、その答えは自分たちで見つけるべきね。じゃぁ、私の願いはこうしましょう。……国のみんなで、人間と獣人との関係について、もっと真剣に考えて欲しい、って」
「承知いたしました。しかし……よろしいのですか?ワルツ様にはまったく利益がありませんが……」
「えぇ、全然問題無いわ?私個人は、別にお金が欲しいとか、宝石が欲しいとか、権力が欲しいとか無いから。っていうか、間に合ってるし」
と言って苦笑を浮かべるワルツ。それを見たジョセフィーヌの顔が、微妙に引き攣っていたのは、余計な事を言わなくて良かったと内心で冷や汗を掻いていたからかもしれない。




