14.2-10 視察1
ワルツの脱出劇(?)によって、近衛騎士たちが壊滅状態に陥っていた頃。
ルシアとテレサ、それにジョセフィーヌの3人は、レストフェン大公国の空を飛び回りながら、視察に勤しんでいた。彼女たちの視察の目的は、実際に国の中を歩き回ったことのないジョセフィーヌを連れて、彼女に国の中の実情を見せて回ること。彼女を連れて飛んでいたルシアとしては、そのついでに自分も観光出来れば良い、と考えていたようである。なお、テレサに目的はなく、ついでに言うと拒否権も無く……。ただひたすらに、ルシアに引っ張り回されていただけだったりする。
そんな3人は、既に何カ所かの村や町に降りて、町並みの様子や人々の暮らし、あるいはどんなものが売られているのかなどを見て回っていた。そのたびに、ジョセフィーヌは大喜びな様子で、ルシアもまた概ね満足げに観光を楽しんでいたようである。
ただ……。ただしである。テレサだけは納得出来ない様子だった。そればかりか、顔にゲッソリフェイスが張り付いたまま取れなかった。
理由は1つ。食事にあった。
「……どこに行っても虫料理しか置いてないというのは何故なのじゃ……」げっそり
昼食を食べようにも、屋台で売られているのは虫料理ばかり。本来であれば魔物の肉が刺さっているはずの串に、何かこう白い塊——いやこの話は止めておこう。
結果、テレサだけは昼食のお預けを食らってしまっていたというわけだ。そう、テレサだけは。
というのも、レストフェン大公国の大公たるジョセフィーヌにとっては、虫料理というのは普段の食事内容であり、今さら忌避するものではなかったので、彼女は屋台で虫料理を買って普通に食べていたのである。ルシアについては言わずもがなだろう。ポシェットの中に、稲荷寿司のストックが入っているので、それを食べていたのだ。
食べ物がないのはテレサだけだった。ルシアの稲荷寿司のストックも心許ない(?)状況にあって、今回ばかりはテレサに融通されることはなかったのだ。
「ア嬢……寿司を寄越すのじゃ。大量にあるじゃろ?この際、冷凍でも構わぬ」
「ごめん、テレサちゃん。今回ばかりは冗談抜きにダメ。この国で、お寿司が売ってるお店をまだ見つけられていなくて、近いうちに私の分が無くなっちゃうからホントダメ。本当は、今回の旅行で見つけられれば良かったんだけど、お寿司の気配が全然感じられないんだよね……」
「……王都に戻って買いに行けば良いではないか?ひとっ飛びじゃろ?ひとっ飛び」
「それはそうなんだけど、今は戻るつもりは無いかなぁ……」
ルシアはそれだけ言うと口を閉ざした。テレサの方も無理に帰還を促したり、稲荷寿司を要求したりするつもりは無かったらしく……。彼女は溜息を吐いてから、ジョセフィーヌに対してこんな質問を投げかけた。
「ところで、ジョセフィーヌ殿」
「はい?何でしょう?」
「なぜこの国では虫料理ばかりを食べておるのじゃ?どこに行っても虫料理ばかりで、魔物の肉を使った料理を見かけぬのじゃ。むしろ、魔物の肉を取り扱う肉屋自体が無いと言うべきかの?」
テレサが問いかけた時、近くにはちょうど冒険者ギルドがあった。そこには冒険者たちがひっきりなしに出入りしていて、少なくない者たちが、狩ってきた虫をギルドの中に運び込んでいたようである。奇しくもそれは働き蟻のよう。冒険者たちが運んでいた魔物の中に蟻のような虫がいたのは、皮肉と言えるかも知れない。
事情を問いかけられたジョセフィーヌは、そんな冒険者たちに向かって複雑そうな視線を向けながら、テレサに返答を始める。ただ、その返答は酷く言いにくそうで……。まるで自分の国の醜態を晒すかのようだった。




