14.2-08 獣人たちと魔法8
「(今だ!行くわよ!)」しゅたっ
村人たち——もとい騎士たちが仮設住居から視線を逸らした一瞬を見逃さなかったワルツは、流れるような動きで自宅の扉を開け、一気に外へと躍り出た。重力を制御し、静止状態から最大速度まで一瞬で加速して、そのまま茂みの影に身体を潜り込ませて急停止する。この間、なんと0.1秒。目にも留まらぬ速さとは、まさにこのことを言うのかも知れない。
一般的には加減速の時間があるので人間には不可能としか言えない動きだったが、そこは流石の重力制御システム。ワルツの身体を浮かべるほどの出力は無いにしても、まるでロケットブースターのようにワルツの身体を自由自在に加減速させられた。体重や地面の摩擦、そして空気抵抗のすべてを無視して、彼女の移動を補助したのである。
結果、ワルツは誰にも見つかることなく家の外へと繰り出すことに成功する。当然だ。0.1秒という一瞬の出来事など、たとえ誰かに姿を見られたとしても、目にゴミが入った程度にしか認識出来ないはずだからだ。
にもかかわらず、ワルツがビクビクしながら脱出劇を繰り広げていたのは、彼女の基準がおかしかったからである。思考速度や認知速度が人知を大きく外れているにも関わらず、自分の認識速度で物事を考えていたのだ。人の反応速度がどの程度のものなのかをよく理解していなかった彼女らしい考え方だったと言えるだろう。
そしてその考え方は、自宅近くの茂みに隠れた今でも健在だった。そのまま走って森に向かえば見つからないものを、わざわざ騎士たちの目を気にしてタイミングを見計らっていたのだ。
「(ヤバっ!この茂み、すぐそこで切れてる……)」
次の茂みまで3mほど。超加速をすれば0.03秒にも満たない時間で移動出来る距離だ。
しかしワルツは考えた。姿を見せれば騎士たちに移動がバレてしまう、と。実に無駄な心配である。
一方、騎士たちはと言うと、それはもう戦々恐々としていたようだ。仲間たちが音響攻撃によって次々と昏倒し、さらには石のようなものを背中にぶつけられて、あられもない恰好で吹き飛んでいく者まで出る始末。しかも、魔力の類いは一切感じず、唐突に結果だけが生じるような状況なのだ。そんな状況で正常な精神状態でいられるわけもなく、皆、顔を青ざめさせながら、必死に物陰に身を隠しながら周囲を警戒していたようだ。
そんな彼らが何者かは、敢えて言うまでもないだろう。ここまでワルツたちがやってきたことを考えれば、騎士たちに強襲されない方がおかしな話だったのだ。
そう、彼らは、大公ジョセフィーヌの近衛騎士たち。ジョセフィーヌが村に現れたという一報を聞いて駆けつけた者たちだった。
尤も、当のワルツにとっては、どうでもいいことだったようだが。
「(移動に邪魔な人を吹き飛ばす?……無理ね。完全に警戒しちゃってるから身体が見えないわ)」
ワルツが放った音響攻撃にしても、小石攻撃(?)にしても、実のところ、相手を傷付ける意図はまったくなかった。相手が怪我をしないように考慮しながら、ワルツは攻撃を繰り出していたのだ。
それは騎士たちが警戒していなかったゆえに実現出来たことだった。しかし今の騎士たちは、完全に警戒モード。身体を物陰に隠して、頭だけを外に出し、状況を確認しているといった様子である。つまり、石をぶつけることはできない。当たり所が悪ければ死ぬからだ。音響攻撃にしても同様。前述の通り、甲冑越しに効果は望めない。
「(八方塞がり……?)」
ワルツがいた茂みは、騎士たちの視界の中にもろに入る位置にあって、少しでも動けば騎士たちに見つかってしまう——とワルツは思い込んでいた。ゆえに彼女は、騎士たちの視線が自分の方向に向けられているのを逸らそうと考えるのだが、近くに騎士たちの注目を引けるようなものは無く、手詰まり感が否めなかった。
いったいどうすれば騎士たちの視線を逸らすことが出来るのか……。追い詰められたワルツは、不意にある方法を思い付く。当然、碌でもない方法を、だ。
妾もこうありたいと思わなくもないのじゃ。




