14.2-03 獣人たちと魔法3
固い岩盤に大きな凹みが生じた。まるで硬く大きな岩を激しくぶつけたかのように、岩盤の表面が激しく削り飛んだのだ。……アステリアが人生で初めて使った魔法によって。
それは最早、火魔法の部類に入るかどうか分からない魔法だったが、プスプスと何かが焦げたような臭いが立ちこめているところから推測するに、一応は火魔法の類いらしい。魔法を使ったアステリアも、何が起こったのか分からないといった様子で、岩盤と杖を交互に見つめながら、ぽかーんと口を大きく開けている様子だ。
ただ、一番驚いていたのはワルツと言えるかも知れない。というのも、アステリアが魔法を使えるようにと杖を作った——いや、偽物の杖を作った張本人は、ワルツだからだ。
「す、すごいわね……。プラシーボ効果……」
威力は戦車の主砲並み。攻城戦をするなら、1人で事足りるほどの威力だった。レストフェン大公国の公都くらいなら、アステリアだけで、容易に陥落させられるレベルだ。
ただ、それがワルツの求めるような魔法だったかというと、そういうわけでもなく……。
「(掘削とか、攻城とか、そういった場面では有効活用出来そうだけど、金属の精錬とかには使えなさそうね……。集めた鉱石を盛大に吹き飛ばしちゃう未来しか想像出来ないわ)」
ワルツは計画を改めざるを得ないと判断したようである。ただし、決して悪い結果ではなく、活用の方法を再考しなければならないという程度の話だ。
そんな中でワルツは気付く。
「……ん?アステリア?」
魔法を使った後から、アステリアの反応が無くなっていたのである。魔法を使った直後こそは、岩盤と杖との間で視線を往復させていたのだが、今ではなぜか俯いたまま、動きが無くなっていたのだ。
呼びかけても応じないアステリアに疑問を抱きながら、ワルツが彼女に近付くと——、
カランッ……
——アステリアの手から、杖がこぼれ落ちる。
そしてついには——、
「アステリア?!」
ドサッ……
——身体から力が抜けたように、その場に崩れ落ちそうになった。
すんでの所でワルツが飛びつき、アステリアの身体を慌てて支えた。その時点でアステリアの意識は朦朧としていて……。その様子を見たワルツは、すぐに原因に辿り着く。
「急性魔力欠乏ね……。普段、魔法を使っていないのに、一気に魔力が抜かれたから、極度の疲労状態になっているんでしょう。たぶん」
ワルツはこれまでも似たような症状を発症した者たちを見てきたためか、すぐに落ち着きを取り戻す。そしてその小さな身体でアステリアのことを軽々と持ち上げると、自宅に向かって歩き始めた。
「(あっ、モフモフだわ……。これで人間の形をしていなかったら、しばらくモフったのだけれど……)」
ワルツがそんな後ろめたいことを考えていると、その気配を察したのか、アステリアの意識が戻ってくる。そして彼女は、酷く消耗した様子で、ポツリとこんなことを言い始めた。
「あははは……。わ、私、死ぬのですね……」
「あ、意識戻ったようね。残念だけど、貴女はまだ死なないわよ?身体の中にあった魔力が全部抜けて力が入らなくなっただけ。美味しいものでも食べて1晩ゆっくりと寝れば、明日には元に戻るはずよ?まぁ、しばらくの間は筋肉痛みたいな症状に悩まされるかも知れないけれど……」
と、以前、ルシアやテレサが陥った症状を思い出しながら説明するワルツ。
対するアステリアは目を丸くしたあとで——、
「な、なんだ。あはははは……」
——何か悲しい事でもあったのか、それとも嬉しいことでもあったのか……。満面の笑みを浮かべながら、大きな水滴を目尻から零したのである。




