14.2-01 獣人たちと魔法1
ルシアたちがレストフェン大公国の周遊旅行へと出発した後。留守番組であるワルツと獣人の少女アステリアは、地下空間の自宅にあった食卓に腰掛け、顔を合わせながら何やら話し合っていた。
「アステリアってさ、どんな魔法が使えるの?」
「魔法……ですか?」
「そ。魔法。例えばルシアみたいに加熱系の魔法が得意なら、金属の精錬とか、鋳造とかを手伝って貰いたいな、って思って」
そのやり取りは、1年ほど前に、ワルツとルシアと交わしたやり取りそのものだった。魔法で何が出来て、何が出来ないのか……。ワルツはアステリアと共に作業をした場合、どんな事が出来るのか、その可能性を見定めようとしていたのである。
最悪、アステリアが何も出来なくても、他にいる獣人たちに協力を頼めば、誰か一人くらいは求める種類の魔法が使えるのではないか……。そんな淡い期待を抱きながら、ワルツは椅子から身を乗り出して、アステリアの返答を喜々として待ったわけだが——、
「……申し訳ございません。マスターワルツ。私……いえ、私たち獣人は、魔法が使えないのです」
「……えっ」
——アステリアの口から語られた事実は、ワルツが求めていたものとは180度ほど異なっていたようである。
そのせいか、ワルツは、えっ、と口にした表情のまま、乗り出していた身体を椅子の上に戻して、そのままの体勢で固まってしまう。ワルツにとってアステリアたちが魔法を使えないという事実は、それほどまでにショックなことだったらしい。
そんなワルツに対して、アステリアは実情を説明する。
「私たち獣人は、基本的に魔法は使えず、使えても身体強化の魔法くらいしか使えない、と言われています」
「言われている……?」
「はい。私も正確なことは存じ上げないのですが……普通、魔法を使うためには、杖が必要になりますよね?でも、この国や周辺諸国では、獣人は杖を持っても使用することを認められていませんし、獣人が魔法を使えたという噂話も聞いたことはありません。唯一の例外はマスタールシアの魔法です。まさか杖無しに魔法が使えるとは思いませんでした。あっ……もしや、杖と同等の効果を持った魔道具を……す、すみません!今のお話は聞かなかったことにして下さい!」
どうやらアステリアは、ルシアが杖と同じ効果を持った魔道具を身につけていて、それを触媒にして魔法を発現させていると考えたらしい。だからルシアは強大な魔法を行使出来るのだ、と。
ただ、レストフェン大公国内ではそのような魔道具は流通していないので、アステリアは機密事項なのではないかと思ったようだ。レストフェン大公国における自動杖の製法などは、まさに機密事項。それと同等の技術を探るようなことをすれば死罪になるかもしれないと彼女は考えたらしく、慌てて謝罪をすることにしたようだ。尤も、ルシアがそんな秘密魔道具を使っている訳もなく、アステリアのその懸念はただの杞憂でしかないのだが。
ところが、ワルツの表情は晴れない。それも、アステリアが魔法を使えないことにショックを受けているという表情ではなく、むしろ怒気すら含んだ表情へと変わる。
「謝らなくても良いけど……でもそれ、ただの差別じゃない?」
「差別……?でも、魔法が使えないのは——」
「杖を持って魔法が使えるか試したことは無いんでしょ?私たちの国では杖なんて無くても、みんなバンバン魔法を使っているんだし、多分、アステリアも杖を使わずに、何かしらの魔法が使えるはずよ?獣人が魔法を使えないって認識は……多分、他の人たちから無理矢理に植え付けられたものだと思う。先入観みたいなもの、っていうの?無理矢理に先入観を植え付けるとか、イラッとしちゃうわ」
ワルツのその言葉を聞いて、アステリアは小動物のように首を傾げていた。今のアステリアにとっては、魔法が使えないということが常識であり、当たり前のことだったので、ワルツの言葉がすぐに頭に入ってこなかったのだ。それも、獣人が杖無しで魔法が使えるかもしれないなど、この国では非常識極まりなく、夢物語に等しい話。すぐに理解出来ないというのも仕方のないことだった。




