14.1-38 レストフェン大公国34
地面から飛び立ち、森の木々の隙間を抜けて、そして雲が近付きつつある中で……。
「いま帰った!帰って来たのじゃっ!」
テレサが恥ずかしげもなく、空に向かって手を伸ばしながら、そんな歓喜の声を上げた。そんな彼女の行動を見ていたルシアは、当然と言うべきか、呆れ気味の表情だ。もはや、呆れすぎて何も言えないといった様子で、首を左右に振っている程である。
一方、ジョセフィーヌは、というと、青い空を初めて飛ぶためか、ルシアの手を両手で握りしめていたようである。手を離せば真っ逆さまに落ちていくのではないか……。彼女の顔が青かったことを鑑みるに、そんなことを考えていたに違いない。
しかし、ルシアが手を離したところで、彼女の重力制御魔法の影響下にあったジョセフィーヌたちが落ちることはない。飛び立つ際にルシアがジョセフィーヌの手を握ったのは、いきなり飛び立てばジョセフィーヌが驚くだろうと気を配ったためである。同じようにテレサの手を握ったのは——まぁ、彼女の場合は放っておくと何をするか分からなかったので、念のため、といったところだろう。詳しくは不明だ。
「えっと……ジョセフィーヌさん?手を離しても落ちないですよ?」
地面に落ちまいと必死になって自分の手を握りしめてくるジョセフィーヌの手が痛かったのか、ルシアは苦笑交じりにジョセフィーヌへと声を掛ける。
対するジョセフィーヌは、ルシアの声が聞こえているにもかかわらず、しかし、ルシアの手を握ったまま離そうとはしない。握力も弱めない。
「だ、ダメです!ダメなのです!」
「何がダメなんですか?」
「わ、私!こ、高所恐怖症なのです!」
「あー……なるほど。通りで、自宅の地下空間で階段を飛ばすために浮き上がった時も硬直してた訳だね。じゃぁ、目を瞑ってても良いよ?着いたら教えます。でも出来れば、手を握る強さをもう少し弱めてもらえるt——」
「無理です!」
「……じゃぁ、急いで行くしかないね!」
ドゴォォォォン!!
握りしめられた手の感覚が無くなる前に、ルシアは一気に加速して音速を超えた。加速感は無い。ただ景色だけが前から後ろに向かって高速に流れていくだけだ。
向かってくる風は、強力な風魔法の障壁によって遮られた。音速を超えたことによって襲い掛かってくる風は、ルシアたちの身体を切り裂くほど強く、また断熱圧縮によって灼熱の炎のごとく高温だったが、そのすべてをを力技でねじ伏せながら、ルシアは大空を真っ直ぐに飛んだ。
そんな彼女が飛行する経路は、レストフェン大公国を時計回りに巡るというものだ。レストフェン大公国は、公都を中心に国土がほぼ円状に広がっていたので、公都近くにある拠点の村から一旦北上し、国境線の山上空で方向転換。そこから東に飛んで海に接するようにグルリと大きく時計回りに旋回すれば、レストフェン大公国の国内を大体回りきれる、という寸法だ。
その際に見つけた町や村に降りてみて、レストフェン大公国内の観光を皆で楽しめるとなお良い……。ルシアの今日の旅程はそんなところだ。
ただ、彼女は獣人。途中、もしも獣人絡みの問題が起これば——、
「アイキャンフラーイッ!」
「……大丈夫かなぁ……」
——テレサの言霊魔法を使って事態を解決させるつもりでいたようだが、この時、ルシアは、とても大切な事を忘れていたようである。尤も、この時点において、その失念が吉と出るか凶と出るかは不明だが。
なんと、明日から師走……。
もうダメかも知れぬのじゃ……。




