14.1-36 レストフェン大公国32
次の日の朝。
「それじゃぁ、行こっか!」
一行はどこかへと旅立つべく、地上の掘っ立て住居(?)までやってきていた。メンバーはルシアとテレサ、そしてジョセフィーヌの3人だ。ワルツは出不精(?)のために外出せず留守番で、アステリアもまた、ワルツから色々と学びたいことがあるらしく、留守番をすることになった。
地上まで登ってきた3人は、仮設住居の扉を開けて表へと出た。その際、彼女たちは、昨日学生たちに襲われた時のような展開を懸念して、ゆっくりと扉を開けたわけだが……。幸い、誰もいなかったようである。どうやら皆、テレサの魔法の影響を受けて、大人しく自宅に引き籠もっているようだ。
代わりに村の中には村人たちが出歩いていて、普段通りの営みを送っていたようだ。そんな光景をルシアが眺めていると、自分たちがいる建物の前を村長が偶然通過したので、彼女はすかさず挨拶の言葉を口にする。
「おはようございます。村長さん」
対する村長は、ルシアたちを見て目を丸くしていた。というのも、昨日、学生たちが、寄って集ってルシアたちの仮設住宅を襲い、そして何事も無かったかのようにその場から立ち去っていったことを村長も村人たちも皆が知っていて、そのときにルシアたちは学生たちに連行されていったのだろうと思い込んでいたからだ。なにしろ学生たちは、この国レストフェン大公国の未来の高級将校候補。何か事件が起きた時は、逮捕権を行使する権利を与えられているので、得体の知れないルシアたちのことを捕縛して強制的に連行したとしても何ら不思議はないのだから。
ところが、その予想に反してルシアたちは健在。村長や他の村人たちにとっては予想外過ぎる状況だった。そのためか、村長は幽霊でも見たかのような視線をルシアへと向けてしまった、というわけだ。
ちなみに、ルシアの横にはジョセフィーヌもいたが、彼女がこの国の大公であることに、村長ほか村人たちが気付いた様子は無い。どうやら村長レベルの役職では、大公へのお目通りは叶わないらしい。
結果、村長は、得体の知れない人物その3とその4であるジョセフィーヌとテレサの存在を取りあえず横に置くことにしたのか、ややしばらく返答に時間が掛かった後、ルシアに向かって返答を始めた。
「あ、ああ……おはようございます」
「えっと……顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「え、えぇ……。むしろ、逆に聞きたいのですが、昨日は大丈夫でしたか?学院の生徒たちが大勢押しかけていたようでしたが……」
「あ、はい。皆さんには帰ってもらいましたので大丈夫です」
「そ、そうでしたか……(帰ってもらうって……そう簡単に引き下がるものなのか?)」
いったいどうやって引き上げさせたというのか……。相づちを打ちながら、村長は考えた。
彼はテレサの言霊魔法の存在を知らないので、魔法以外の方法で学生たちを帰らせたのだと考えた。その内に、可能性の大部分が狭められていく。……学生たち全員を大人しく帰らせられる方法。ルシアたちがこの場に留まっていても問題にならない方法……。
「(……やはり、相当な地位にいる方々なのですな!)」
村長の誤解は、一周回って、ある意味正しい答えに収束する。
それから村長は、ルシアたちの方に上下関係を意識するような素振りは見えなかったためか、彼女たちが身分を隠してこの村にお忍びで来ていると考えた。その結果、彼は、媚びへつらったり、下手に出るような事はせず、ごく自然に村人たちに対応するようにして、ルシアたちと接する事に決める。
「ところで、今日は妹のワルツさんはいないのですな?」
「うん。今日は留守番してるって。ちなみに、ワルツお姉ちゃんは私よりも年上だよ?」
「さ、左様でしたか。これは失敬。そのお二人は?」
「えっと、こっちがテレサちゃんで、私のお姉ちゃんに当たる人」
「……よろしく頼むのじゃ」ぞわぞわぞわ
「で、こっちが……」
ルシアは戸惑い気味にジョセフィーヌへと目を向けた。村長の反応から彼がジョセフィーヌのことを知らないのは明らかだったので、彼女の名前を正直に言って良いものかと悩んでしまったらしい。
対するジョセフィーヌは、ルシアから向けられた視線の意味を理解すると、ニッコリと笑みを浮かべてから——、
「ジョセフィーネとお呼び下さい。さる商家の娘です。以後お見知りおきを」
——どこか嬉しそうにそう口にする。どうやらジョセフィーヌは、偽名を使って市井に紛れ込むことに、憧れのようなものを抱いていたらしい。尤も、偽名になっているか微妙なところだが。




