14.1-26 失踪3
コトリ……
「まったく、あのときは転移魔法が無ければ、私は今頃死んでおったに違いないのじゃ。いきなり殺しに掛かるとは、あのワルツという御仁、恐ろしいのう……」
「それはエデン殿がTPOを弁えないからなのじゃ。ティー・ピー・オー。分かるかの?どうも妾の周りにはTPOが理解出来ぬ者たちばかりおって疲れるのじゃ」
「まぁ、テレサったら。それってただ単に、テレサが恥ずかしがり屋なだけではなくって?」ギュッ
『それは一理ありますねー』
「……もうだめかもしれぬ」げっそり
「まぁ、冷えぬうちに茶でも飲むが良い。菓子も用意してあるぞえ?」
玄関前で立ち話をするのもどうかと思ったのか、エデンに招かれるまま、テレサたちはいつものようにルシアの実家内に入り、そこにあった食卓の椅子に腰を掛けた。雰囲気としては、祖母の家を訪ねた子供たち、といった様子だったが、そこにいた者たちが浮かべていた表情は、安堵とは少し違っていたようである。
「今日はルシアはいないのかえ?」
「おらぬ。彼奴は今、家出中なのじゃ」
「家出?ふふん。喧嘩でもしたのか?」
「いや……むしろ、その理由は、エデン殿の方がよく知っておるのではないか?先ほども言ったとおり、TPOを弁えずに余計な事を言ったのはお主なのじゃからのう」
ルシアは魔王アルタイルのクローン……。そのどうしようもない残酷な事実をルシアに告げたのは、エデン自身なのである。それが引き金となって、ルシアはワルツと共に現実逃避の旅(?)に出たのではないか……。それがミッドエデン首脳陣たちの推測だった。
「……そうじゃな。確かに愚問じゃったかも知れん」
エデンはそう言って椅子から立ち上がると、小さな窓から外に見える景色に目を向けた。その表情はどこか苦々しげであり、テレサたちの目から見ても、エデンが後悔しているというのは理解出来たようだ。
「本当はもう少しちゃんと話を聞いて欲しかったんじゃがな……。現状、あの場で語る以外に良いタイミングが思い付けんかった」
「もうすこし良い場面があるじゃろ?なんか……こう……」
「まさか、ミッドエデンに直接出向いて、"ルシアについて話がある。彼女はアルタイルのクローンじゃ"と言えと?それこそ門前払いではないか」
「それは……」
「ルシアや其方らがこの家にいるときに明かそうかとも考えたんじゃ。じゃが、もしもここでルシアが癇癪でも起こせば取り返しの付かんことになると思うて言えんかった。信じて貰えるとも限らんかったからのう……。他にも色々考えてはみたんじゃが、信じて貰うには、やはりあの場で言う以外に良いタイミングが思い付けんかったんじゃ」
「逆に、言わない、という選択肢は無かったのかの?」
テレサのその問いかけに対し、エデンは深く溜息を吐いて、眉間に眉を寄せながら、苦々しげに言った。
「其方らはアルタイル……いや、娘のアルトを止めようというじゃろう?ならば、いつかは真実を知らねばならん。それが——」
「いや、待つのじゃ。アルト嬢が娘じゃと?」
「左様。じゃから、アルトのクローンのルシアは、私にとって孫というより娘と言って良いかも知れん。まぁ、私が直接腹を痛めて産んだ子ではないゆえ、孫と言っておるがの」
そう言って目を伏せるエデンの表情には依然として後悔の色が浮かんでいた。その表情を見たテレサは、自分が誤解していたのだと理解する。
エデンはルシアに対してクローンであることを明かしたことを後悔しているのではなく、アルトという魔王を産んでしまったこと、あるいは娘と娘が戦うことになってしまったことを悔いているのだ、と。
果たしてエデンは本当の事を言っているのだろうか、とテレサが疑っていると……。今まで黙っていたベアトリクスから声が上がる。それも、どこか驚いたような声色で。
「ちょ、ちょっと待って下さいまし。もしかしたら私の誤解かも知れませんけれど、エデン様のお話を聞く限り、まるでアルタイルが生きているような口ぶりに聞こえたのですけれど……」
そんなベアトリクスの問いかけに、エデンはスゥッと息を吐いて、目を瞑った。
そして彼女は、酷く真剣な表情で、ベアトリクスたちにこう言ったのである。
「彼奴はまだ滅びておらん。次元の狭間に幽閉されておるだけで、今も逃げ出そうと足掻いて——」
——とエデンがそう口にした瞬間だった。
ミシッ……
と軋むような音がどこからか鳴り響く。その音は、耳を欹てなければ聞こえないほどの小さな音だったが、確かに音としてベアトリクスたちの耳に届いていた。
「——逃げ出そうと足掻いて空間をねじ曲げようとしておる。いずれあやつは、この世界に戻ってくるじゃろうな……」
言葉を続けたエデンの表情に冗談を言っている気配は無かった。そのためか、テレサもベアトリクスもポテンティアも、思わず目を丸くしてしまったようである。……ワルツが倒したはずのアルタイルは、実は倒せていなくて、今なおアルタイルの脅威は消えていないのかも知れない……。そんな懸念が3人の背筋にひんやりとしたものを感じさせていたようである。




