14.1-21 レストフェン大公国21
ポンプ本体が完成した後、ワルツたちはモータの作成に取りかかった。その間、ジョセフィーヌもアステリアも、ワルツたちの行動を興味深げに観察していて……。端から見る限りは、2人の間に大公と奴隷という身分の違いがあるようには見えなかった。
銅線——と言うには太すぎる銅板に、薬品を塗った後。ワルツが電磁鋼板に銅線を巻き付ける間、ルシアは手空きになる。
「えっと……ジョセフィーヌさん?」
ルシアは何か疑問に思ったことがあったらしく、ジョセフィーヌに対して問いかけた。
「もし良かったら、この国のことを教えて貰えませんか?」
「うん?この国のこと……?」
「私たち、あの公都って町を見回ることも出来てないですし、それ以外の町にも行ったことが無いですし……。レストフェン大公国っていう国がどんな国なのかよく知らないんです」
ルシアの問いかけに対し、ジョセフィーヌは何やら考え込む。どうやらルシアの質問の意図を量りかねているらしい。ルシアたちがレストフェン大公国の外から来た者たちなのは確実なので、レストフェン大公国を知りたい、というルシアの言葉に含みがあるのではないかと思えてならなかったようだ。
ルシアの方も、急に険しい表情になったジョセフィーヌに気付いて、自分の言葉を彼女がどう理解したのか薄々察したらしい。慌てて自身の言葉を補足する。
「え、えっと、私が知りたいのは、どんな文化がある国なのかな、ってことです。どんな人たちが住んでいて、どんな商いが盛んで、どんなお祭りをするのか、とか、そういうことを知りたいんです」
「……なるほど」
そう口にするジョセフィーヌだったものの、やはり彼女の表情が明るくなることはなかった。ルシアの問いかけは、誰しもが知ることの出来る機密でもなんでもない情報だったので、ジョセフィーヌの口からも本来であれば説明出来るはず……。にもかかわらず、彼女の口が重かったのは、こんな理由があったからだった。
「……実は私もよく知らないのです」
「えっ……大公様なのに?」
「国の規模や軍事、地理や公共事業といった情報は把握していますが、町で暮らす人々がどんなやり取りをしていて、どんな表情をしていて、どんな楽しいことがあって、どんな苦しみを抱えているのか……窓越しにしか見たことが無いのです」
「……そっか。本物のお姫様だったんだね……」
ルシアは察した。ジョセフィーヌは、どこぞのなんちゃって王女とは異なり、市井に顔を出すことなく今まで生きてきたのだ、と。そして大公の座に座ってからも自由は無く、今までただ政するだけの機械のような日々を過ごしてきたのだ、と……。
「……これもう、一緒にレストフェンの中を飛び回るしか無いね!うん!」
「えっ?」
「お姉ちゃん、ポンプが完成したら、旅行こう!旅!」
「えっ?いや……うん……。まぁ良いけど……」
急に、旅に行こう、と言い出したルシアを前に、話を聞いていなかったワルツは面食らうものの、とりあえず流れに任せて頷くことにしたようだ。
そのやり取りを聞いていたアステリアは、この時、微妙そうな表情を浮かべていたようである。奴隷という身分ゆえに一緒に旅に行きたいとは言えないものの、興味はある、といったところだろう。
ルシアはそんなアステリアにも声を掛けた。
「アステリアちゃんも一緒に!」
「えっ?あ、はい!」
ルシアから呼びかけられて、アステリアは満面の笑みを浮かべながら大きく頷いた。




