14.1-19 レストフェン大公国19
食事が終わった後、ジョセフィーヌは満足げに食事の余韻を楽しみ、アステリアが食器を片付け……。そしてワルツとルシアは、なにやら作業を始める。
「一から全部作るの面倒だから、あっちからせめて工作機械を持ってくるべきだったわね……」ガリガリ
「でも、お姉ちゃん、普通に手で削れてるし、いらないんじゃない?精度もすごく高いし……」
「まぁ、そりゃそうなんだけど……こういうのって、町娘がするようなことでもないんじゃない?手で金属を削るとか」ガガガガガ
「そうかなぁ?もう慣れちゃったからよく分かんないや」
ワルツが手にした金属塊は、彼女が手で撫でるだけで、砂の彫刻でもしているかのようにボロボロと削れていく。一方のルシアは、ワルツが金属を削ることで出した粉や欠片といったゴミを集めて、火魔法で加熱して溶融し、再び素材へと戻していく。
「実際さ……ほら見てよ、ジョセフィーヌのこと。こっちガン見して固まってるわよ。あれは、私たちが普通の町娘だなんて微塵も思ってない顔よ?」
「どうかなぁ……。ただ私たちのやってることが物珍しそうにして……あ、コップ落とした」
「すごいわね……。コップ落としたことに全然気付いてないみたいよ?」
口をあんぐりと開けて固まっているジョセフィーヌを尻目に見ながら、ワルツとルシアは手を止めることなく、金属の加工を続けた。
そんな彼女たちが作っていたのは、ワルツが抱えて持つには大きすぎるほどのサイズをした円盤状の何か。元は大きな金属塊だったが、ワルツの手によって大部分が削り取られ、円盤状に何枚ものフィンが立っている、という代物だ。当然、生活の中で一般的に見かけるものではない。
それは、大型の水用のポンプ。より正確に言えば、ポンプの内部に入るインペラと呼ばれる部品だった。ワルツたちが作った地下空間に流れ込んでくる水は、更に下層にあるため池に一旦貯水された後、ルシアの転移魔法によって捨てられているのだが、もしもルシアが長時間、地下空間に戻ってこないようなことがあれば、地下空間は水浸しどころか水没してしまう恐れがあるのだ。そのもしも際、地下空間が水浸しにならないよう、排水用のポンプを作ろうとしていた、というわけだ。
「まぁ、インペラはこんなもので良いでしょ。次はハウジングを作るから、一回り大きな材料を用意してくれるかしら?」
「んー……」ブゥン「こんな感じ?」
「あぁ、良い感じ。じゃあ削るわね」ゴリゴリ
突然その場に大きな金属塊が現れた事もそうだが、硬そうな金属塊を涼しい顔で削っていくワルツの姿に、ジョセフィーヌは何も言えない様子で目を剥いていたようだ。そんなジョセフィーヌのことを端から見れば、喉に詰まった食べ物が取れなくなって呻いているかのように見えていたが、もちろんそんな事はなく……。ただひたすらに驚いているだけである。
一方でアステリアの方は、既にワルツたちの異常性(?)に慣れてしまっていたのか、ワルツたちの方には目もくれず、とても嬉しそうにキッチンで食器を洗っていたようである。ワルツたちが何を作っているのか気になるよりも、キッチンの水道から出てくる温かいお湯が嬉しくて、ついつい食器を洗うことに熱中してしまっているらしい。
そんな状況の中で、ワルツとルシアは次々と部品を作り上げ、瞬く間に巨大な水用のポンプを作り上げた。モーターは別途作らなければならなかったが、それ以外の部分は完成済みだ。
工業製品として洗練されたデザインのポンプを前にしたジョセフィーヌは、驚きを通り越して、逆に真顔に変わっていたようである。そんな彼女の中で、どんな心境の変化があったのかは定かでないが、ただこれだけは断言出来るだろう。
朝食を食べる前と、今とでは、彼女の中にあった常識は——、
「あの……よろしければ、何をしているのか教えて頂けないでしょうか?」
——木っ端微塵に粉砕して跡形もなくなっていた、と。




