14.1-17 レストフェン大公国17
ルシアが出身国を言えないと答えてからというもの、大公ジョセフィーヌがルシアたちに向ける視線が少し変わる。自分の未来を悲観してるかのような、何かを諦めているかのような、そんな色が彼女の表情に浮かんできたのだ。
その表情に気付いたルシアは、ジョセフィーヌが気落ちしていると思ったらしい。ルシアの場合、気落ちしたときは、大抵——、
「(うん?もしかして、お腹が減ってるのかなぁ?)」
——空腹の場合が殆ど(?)なので……。短絡的に考えた彼女は、ジョセフィーヌに提案した。
「そういえば、お腹が減ってるんじゃない?この前、会った時も、ご飯を食べてなかったって話だし、それに私たちが持っていった食事も結局食べ損ねて、そして昨日は1日中ずっと眠っていたんだし……」
「そう、ですね……。お腹は確かに……えっ……1日中寝ていた?」
「うん。ジョセフィーヌさんをここに連れてきたのは2日前。昨日はまったく目を覚まさなくて、そのまま目を覚まさなくて死んじゃうんじゃないかって心配していたけど、ホント、目を覚まして良かったよ」
「……そんなに寝ていたのですね」
「身体の調子は大丈夫?」
「えぇ……おかげさまで快調です」
「なら、ご飯は食べられるね。お風呂とかも作っておいたから、好きなときに入って良いよ?」
「それは……その(えっ?作った?)……ありがとうございます。あの……ところで私は、いつごろ解放して貰えるのでしょう?」
ジョセフィーヌは恐る恐る問いかけた。このまま身代金や政治的要求をするための人質として使われるのではないかと心配になりつつ、ルシアたちの返答を待った。
ところがルシアから戻ってきた返答は、ジョセフィーヌの予想とは裏腹に——、
「んー……今日一日、様子を見て、問題が無ければ明日にでも町に戻すよ?」
——解放することを前提としているかのような回答だった。
ジョセフィーヌはその返答を聞いて、思考を回転させる。……無事に町に戻れたなら、騎士たちを率いてルシアたちのことを捕まえに来るべきか。あるいは、ルシアたちの背後に大国がいると判断して、今のうちに彼女たちと繋がりを作っておくべきか。それとも——、
「(……解放するというのは方便で、実際には他国に売り払われる……という可能性も捨てきれません)」
——ルシアが口にした"町に戻す"という言葉に含みがあって、解放されるのではなく、地下組織に売られてしまうのではないか……。いずれにしても、解放されるまでにはまだ丸一日あるようだったので、ジョセフィーヌはその間の時間を使って、ルシアたちに対する対応を考えることにしたようである。
……それが彼女の人生を変えるきっかけとなる事を知るよしもないままに。
「じゃぁ、朝食だね。……アステリアさん。今日の朝食は、BLTサンドと稲荷寿司がいいなぁ?」
「BLTサンドって何ですか?」
「ほら、昨日持ってきたボア肉を燻製にしたでしょ?あのベーコンをスライスして焼いて、レタスっぽい山菜と茹で卵を一緒にパンに挟んだサンドイッチのこと」
「っ!つまり今朝は肉が食べたいと言うことですね?!分かります!」パタパタ
「えっ……んー、まぁ、ベーコンも肉と言えば肉……なのかなぁ?」
ルシアとアステリアが何を話しているのか、ジョセフィーヌには理解出来なかった。ミッドエデン共和国がある大陸と異なり、レストフェン大公国がある大陸では、食文化が大きく異なるからだ。
実はこの大陸においては、諸事情があって、一般人は肉が殆ど食べられなかったのである。その結果、肉とは別の食べ物が、食文化の中心になっていたのだ。
まぁ、その話は追々述べるとして……。ベーコンが食べられると聞いたアステリアは、腰からぶら下がった尻尾を千切れんばかりにブンブンと振り回して、喜びを表現していた。というのも、彼女はベーコンというものを、これまでの人生で一度も食べたことが無かったからだ。昨日、一昨日と、ボア——つまりイノシシをワルツたちが狩ってきて、その肉を使った料理を食べて大喜びをしたばかり。残ったボア肉をベーコンにするため燻製をしている間、アステリアは涎が止まらない状態で、窯を愛おしそうに眺めていたようである。
一方、ジョセフィーヌも、BLTサンドの説明を聞いて不思議そうに首を傾けていたようである。実は彼女も、ベーコンという料理を知らなかったのだ。
当然である。なにしろこの大陸において肉はそう食べられているものではなく——虫を使った料理の文化が発達していたのだから。
料理について、小枝殿の方の話とリンクしたのじゃ。




