14.1-16 レストフェン大公国16
家からジョセフィーヌが飛び出していった際、ワルツもルシアも家の中にいた。2人は何やら作業をしていたらしく、ジョセフィーヌのことを追いかけるのがアステリアよりも遅れてしまったが、一応、後ろから追いかけてきていたのである。……ただし、ジョセフィーヌたちに見つからないようにして。
しかし、アステリアに見つかってしまった以上、隠れているわけにはいかなくなり——、
「もう、出るしかないよ!お姉ちゃん!」ガッ
「あっ?!ちょっ?!待って!!」
——最後までジョセフィーヌに顔を合わせることを渋っていたワルツを置き去りにして、ルシアは物陰から飛び出した。まぁ、ワルツも後ろからルシアについて飛び出して、すぐに追いついてきたようだが。
「こんにちは、大公様。ジョセフィーヌさんと呼べば良いですか?」
ルシアの問いかけは堂々としていた。胸を張って、背中にワルツを隠しながら問いかけるその様子は、背伸びをしているお姉さん、といった様子。一方のワルツは、ルシアの服の裾を掴みながら、戸惑い気味の視線をジョセフィーヌに向けていたので、やはり彼女の方が妹のように見えていた。
対するジョセフィーヌは、2人の姿を見た途端、警戒を露わにしたようだ。意識を失う前の最後の記憶にあった顔が、2つとも並んで出きたのだから、警戒しない方が無理な話だと言えるだろう。
「……ジョセフィーヌで結構です。あなたたちは?」
「あれ?名前言ってなかったっけ?私はルシア」
「えっと、私はワルツ……」
2人の名前を聞いた後、ジョセフィーヌは警戒心むき出しの様子で、姉らしき(?)ルシアの方へと問いかけた。
「ではルシア。お聞きします。なぜ私をここに連れてきたのですか?身代金……いえ、政治的な道具に使うおつもりですか?」
「うん?違うよ?話をしてたら突然ジョセフィーヌさんが倒れたから、もしもの事を考えて連れてきただけ。この国の医療技術がどの程度かは分からないけど、最悪の場合、そのまま死んじゃうって可能性もあったから。こっちは偶然訪ねに行っただけだけど、そこで大公様が死んじゃった、ってなったら大事件になっちゃうでしょ?なら、秘密裏に治しちゃった方がいいなぁ、って」
ルシアのその言葉を聞いて、ジョセフィーヌは内心で困惑する。ルシアの話は、まるでレストフェン大公国が、医療の進んでいない後進国だと言わんばかりの口調だったからだ。もしもルシアの発言がレストフェン大公国を侮ったものだというのなら失礼極まりない話でしかないが、もしもルシアがレストフェン大公国よりも更に技術の進んだ国の出身だというのなら話は別。しかも、ルシアたちは、この地下空間を作ったというのだから、ジョセフィーヌとしてはルシアたちの事を侮ることはできなかった。
ただ、レストフェン大公国よりも技術が進んだ国からやって来た、という確率は極めて低いだろうというのがジョセフィーヌの予想だった。この大陸において、レストフェン大公国に勝る魔法技術、科学技術を有する国は、ある1国を除いてありえないからだ。そのイレギュラーな国が使者を送ってきた可能性は、ここまで国の名前が出ていないことから、ほぼゼロ。もしも"その国"を代表してやって来るなら、必ず事前連絡が入るはずなので、やはりルシアがそのイレギュラーである可能性はかなり低いと言えた。
ゆえに、ジョセフィーヌは質問することを決める。どこから来たのかは、直接聞けば、すぐに分かることだからだ。間接的にレストフェン大公国を貶されたと感じていたためか、ジョセフィーヌの口調に少しばかり怒気が乗る。
「ではあなた方は、レストフェン大公国よりも医療技術の進んだ国からやってきたというのですね?」
「んー、この国の医療技術がどんなものか知らないから何とも言えないけど、ジョセフィーヌさんがどんな怪我を負ったとしても、それを治せるくらいの技術はあるかなぁ?まぁ、流石に頭が吹き飛んだらどうにもならないと思うけど……」
「…………そうですか」
ジョセフィーヌは表に出さなかったものの、内心で消沈した。ルシアの発言は逆を言えば、頭が無事なら後はどうとでもなる、と言っていることに他ならないからだ。それはルシアが医療大国の出身であることの証。盛った話ではないとするなら、レストフェン大公国の大公としては、恐るべき話だと言えた。
ジョセフィーヌは、そんなトンデモ医療が出来る国を1国だけ知っていた。ゆえに、彼女はその国の名前を問いかけようとするのだが——、
「その国の名前はもしや——」
「あ、ごめんね?どこから来たかは言えないんだよね。下手な事を言ってウチの国と戦争になったら、すっごく申し訳ないし……」
——ルシアの方に言うつもりが無かった事を先に知って——、
「……そうですか……」
——問いかけるのをやめたのである。……そう、今のジョセフィーヌは捕虜同然。ルシアたちの機嫌を損ねるようなことを言えば、次の瞬間、ジョセフィーヌには命が無いかも知れないのだから。




