6序-13 勇者とリア2
「(・・・誰も居ないな・・・)」
エネルギアの中を、ワルツ達に見つからないようにして、リアを背負ったまま移動してきた勇者は、エネルギア唯一の出入り口であるタラップから外へ出ようとした。
すると、
カーン!
カーン!
カーン!
「〜〜〜♪」
鼻歌と共に何やら金属を叩く音が聞こえてくる。
「(・・・リティアか・・・あいつ変わったよな・・・)」
・・・なおワルツは、シラヌイがアルタイルに操られていたことを未だ勇者に教えていなかったりする・・・。
なので、彼の中では、リティアが僧侶から鍛冶職人に転職したように見えていることだろう。
「(あれ・・・確か、俺とリアはリティアに・・・)うっ!」
彼は、アルタイルに操られていた頃のシラヌイによって、リアと共に円でルシア経由でメルクリオに誘拐されたのである。
リアがこんな体になってしまったのも、元はと言えば操られていたシラヌイが原因なのだが・・・どういうわけか、そのことを思い出そうとすると勇者の頭に痛みが走るのである。
言霊魔法をかけられれば、同じような症状が出るようだが・・・もちろん、テレサが掛けたものではない。
「(くそっ・・・)」
痛みを振り払うようにして、何故自分がここにいるのかを思い出す勇者。
「(と、とにかくだ。ここから抜けだして、リアをちゃんとした医者に診察してもらおう・・・!)」
ふと彼が背負っていたリアに視線を向けると、彼女の肩に管の残骸が引っかかっていたままだったので、そのまま取り払う。
リアに繋がっていた管。
それは所謂カテーテルと呼ばれるシリコンゴム製のチューブで、鼻からの栄養や水分の補給、あるいは排泄物の処理などのために付けられていたものである。
現代世界では当たり前のものであっても、勇者にとっては、リアがまるで改造されているように映って見えたことだろう。
いずれのチューブも、引っ張れば抜ける類のものだったために、勇者はすべてのチューブを抜いた訳だが、もしもこれが体内に埋め込まれた人工臓器などの装置に繋がっているものだったなら、リアは最悪死んでいたことだろう。
幸い、今のリアは意識がないだけで、魔力が勝手に漏れる以外はまだ健康体だったので、そのような特殊な装置は埋め込まれていなかったために、問題は起こらなかった。
「(できればこの町から早く離れたいが・・・)」
これからの行動を迷う勇者。
転移魔法を使える知り合いが、この町にいなかったために、すぐにエンデルシアの首都など別の町へと転移して逃げることが出来なかったのである。
「(とりあえずは、この街の医者に見せて、それから対応を考えるか・・・)」
リアを怪しげな実験(のようなもの)に使おうとしていたワルツやカタリナではなく、もっと信頼できる一般的な医者に見せることで、リアの本当の病状を調べようと考えた勇者。
カタリナには何度も命を助けてもらってはいたが、やはり、掛け替えのない幼なじみを失ってしまうかもしれないという一種の恐怖心、そして訳の分からないチューブに繋がれたリアの姿を目の当たりにして、勇者はカタリナやワルツを信じられなくなってしまっていたのである。
「(・・・今だ!)」
シラヌイが一心不乱に鉄を鍛えている後ろを足音を忍ばせながら、最寄りのエレベータへと駆けていく勇者。
そして、エレベータのボタンを押して、扉が閉まりかけた・・・そんな時、
「おね〜ちゃ〜ん!アトラス君に小鳥さんの作り方教えてもらってきたよ〜?」
と言いながら、エネルギアのタラップを上がっていくルシアの姿が彼の目に映った。
「(・・・あの子も騙されていたりするんだろうか・・・いや・・・)」
一瞬、今自分がしている行動に疑問を持ちそうになった勇者。
エレベータの扉が閉じ、身体に加速度が加わわると、『もう戻れない』と迷いを打ち消すように、彼は目を瞑るのであった。
誰にも見つかること無く王都まで出てくると、リアにフード付きローブを着せた勇者は、スラム街の近くにある、嘗て世話になった施療院へと足を運んだ。
この施療院の院長は偏屈で頑固な老人であったが、腕は確かで、1年ほど前、ドラゴンに腹部を噛まれて大怪我を負った剣士を助けてもらったことがあった。
彼になら、意識のないリアの診察を任せることが出来る・・・そう考えて勇者はやってきたわけだが・・・
「・・・お主。申し訳ないが、この娘っ子の病は儂の手には負えんよ。議長さんの所にいるカタリナ様に診てもらうとええ」
カタリナの病状を診察するや否や、老医者はそう答えた。
「最近は、カタリナ様のおかげで、ここに来る患者がめっきり減ってしもうての・・・儂らは儲からんが、医者としてはこれでええんじゃろうな・・・」
儂もそろそろ引退じゃ、と言いながら誰もいない待合室に眼を向ける老医者。
「・・・分かりました。ありがとうございます」
そう礼を言ってから、勇者は施療院を後にした。
「(・・・カタリナ・・・か)」
今もなお、自分達を探しているだろう彼女達の姿を思い浮かべる勇者だったが、すぐに頭を振って脳裏からカタリナの微笑む表情をはじき出すと、次の施療院を探し始めるのであった・・・。
・・・勇者持ち前のコミュニケーションスキルを活かして、探し当てた次の施療院は、ミッドエデン随一と名高い医者が開業している場所であった。
ただ、そこは王都ではなく、近隣の集落に住んでいるとのことだったので、1日ほど歩かなくてはならなかったのだが、勇者は迷うこと無くリアを背負って歩き出した。
すると必然的に、王都の出入りを管理するための検問に差し掛かる。
「(随分、警備が厳しいな・・・)」
物陰から検問を除く勇者。
彼が眼を向けた先では、ツーマンセルあるいはスリーマンセルを組んで、警備兵たちが王都の出入り口の周辺を気を抜くとこなく巡回していた。
そして衛兵たちは必ず、お互いのチームと連絡が取り合える距離をつかず離れず維持しており、どこかのチームで異常があっても、すぐに駆け付けられるようなフォーメーションを組んでいたのである。
「(・・・俺が逃げ出したことが伝わったか・・・?)」
影でワルツたちが実権を握っているミッドエデン王都である。
勇者が逃げ出したために兵士を増やしていたとしてもおかしくはなかった。
・・・だが、
「(・・・いや、無いか)」
すぐに否定する勇者。
「(この配置をワルツが提唱したその場に、俺も居たしな・・・)」
王都警備隊の設立について、ミッドエデン議会が設置した作業部会に、勇者もアドバイザーとしてその会議に参加していたのである。
その際、作業部会の議長として取り仕切っていた狩人が、ワルツの考えた現在の警備兵の配置を提唱したのだ。
・・・つまりミッドエデンは、通常状態であっても、勇者が警備の厳しさを実感するほどに、重度の警備体制が敷かれているのである。
「(まぁいい・・・)」
勇者は王都を取り囲む壁に面した2階建の倉庫へと侵入すると、屋根裏にあった階段を使って、屋根の上へと出た。
そして、助走をつけると・・・
「・・・!」
壁の上まで一気に跳んだ。
出入り口ではなく、直接壁を超えれば問題ない、そう考えたのである。
・・・しかし、
「うっ?!」
足を滑らせて、勢い余り、壁の外へと落ちる勇者。
ドスン!
「がはっ!」
・・・だが、自分の身体を犠牲にして、どうにかリアを庇うことには成功する。
しかし彼は、着地した際の衝撃で足首を捻挫し、左肩を脱臼してしまった。
彼は一旦リアをその場に置くと、近くにあった岩に左手を置いて強く握る。
そして歯を食いしばり、
「・・・っ!」
ゴキッ・・・
無理矢理に肩の関節を元に戻した。
「はぁはぁ・・・(あとは・・・足首以外には問題ないよな・・・?)」
そう言いながら全身を触る勇者。
何やら肋骨に鈍い痛みがあったが、痛みだけで折れている様子はなかったので、足首に簡単な回復魔法と持っていた痛み止めの薬草を練りこんで、すぐに立ち上がった。
骨折していなかったのは、流石は頑丈な身体を持つ勇者、と言えるだろうか。
「くそっ・・・!(だが我慢できないほどじゃない・・・!)」
・・・そして歯を食いしばりながら痛みを堪え、リアを背負った彼は、一路、ミッドエデン最高の医者がいるという村へと足を進めるのであった。
妾と水竜を足して2で割ったような老医者じゃったのう・・・。
・・・さて、明日じゃが、もしかすると更新できぬかもしれぬ・・・。
・・・かもしれぬ・・・。
・・・重要な事じゃ。




