14.1-14 レストフェン大公国14
低い空を眺めながらしゃがみ込んでいた大公ジョセフィーヌは、逃げ出した家——ワルツたちの地下新居からそれほど離れていなかったこともあり、後ろから追いかけてきた狐の獣人の少女アステリアによって保護された。
保護された後のジョセフィーヌは、逃げ出すようなことはせず、大人しくアステリアの指示に従ったようである。逃亡を諦めたのか、それとも何か理由があったのかは不明だが、いずれにしても今の彼女に、その場から逃げるつもりはなくなっていたようだ。
そんなジョセフィーヌのことを、アステリアは一旦家の中に連れ戻そうとするのだが、地下空間を物珍しそうに見回すジョセフィーヌのことを見ている内に、そのまま家に戻るという選択を改めることにしたようである。
「もしよろしければ、ここを案内しましょうか?」
「えっ……案内していただけるのですか?!」ギュウンッ
「え、えぇ……。良いですよ?」
凄まじい勢いで自分の方を向いたジョセフィーヌを前に、アステリアは若干引きつつ首肯する。そして彼女は、ジョセフィーヌのことを連れて、地下空間の中の案内を始めた。
「天井で光ってるあの太陽は、あるj……マスターの一人が作った火魔法だと聞き及んでおります。名前は確かフレア……だったかと」
「あれが魔法?フレア……?まさか……!」
ジョセフィーヌの中にあった記憶が、不意に浮かび上がってくる。公都の外で見た眩い光の球。その輝きと、今、目の前で輝く人工の太陽の輝きがそっくりだと彼女は気がついたのだ。
「なら、あの爆発は……そう……そういうことだったのですね……。ちなみにここは?」
「マスターが3日前に魔法を使って掘ったばかりの地下空間だと聞き及んでいます」
「魔法を使って掘った……?」
「えぇ。私たちにはよく分かりませんが、マスターはすごい魔法を使える方々なのです!この空間も、宙に浮かぶ太陽も、地底を流れてくる川も、家々も、すべてマスターが一瞬で作られたのですよ!おとぎ話の中だけにあるような不思議な魔法で!」
「…………」
とても嬉しそうに"マスター"について語る獣人の少女の説明を聞いたジョセフィーヌは、このときとても感心した様子だった。この地下空間が短時間で作られたこともそうだが、なにより——、
「あなた……とても嬉しそうね?(獣人も人と同じようにして笑うのですね……)」
——アステリアが見せる屈託のない笑みに驚いたのだ。
というのも、ジョセフィーヌが知る獣人たちは、大体が無表情で、その上、顔にも毛が生えているせいで、今のアステリアほど感情が分からなかったからだ。また、獣人たちは目が死んでいる者が多く、今のアステリアのようにキラキラとした目をしている者はおらず……。彼女のような獣人を見るのは、ジョセフィーヌにとって初めての事だった。
「えっ?嬉し……そう?」
対するアステリアも、自分がどんな顔をしているのか、どんな様子で説明をしているのか、気付いていなかったようである。言われて初めて気付いたのか、アステリアは目を見開いて固まってしまった。嬉しそうという言葉を掛けられるのも、これが人生で初めてのことだったらしい。
「えぇ、とても嬉しそう。その"マスター"っていう方をとても慕っている……いえ、とても良くして貰っているのですね」
「えっと……はい!」
アステリアはジョセフィーヌの問いかけに大きく頷いた。
それからアステリアとジョセフィーヌは、地下空間の中を歩き回りながらお互いに自己紹介をした。そして、なぜアステリアがここにいるのか、ジョセフィーヌがどうしてここに連れて来られたのか……。自身が知る限りの範囲のことを、アステリアはジョセフィーヌに説明した。
そして話題は——、
「ねぇ。もう一つだけ教えて貰えません?」
「はい、なんでしょう?」
「その……あなたのマスターってどんな方なの?」
——アステリアのマスター、つまりワルツとルシアのことになる。




