14.1-12 レストフェン大公国12
ジョセフィーヌは混乱していた。無理も無い。給仕だと思っていた少女たちが、精鋭の近衛騎士たちを一瞬で吹き飛ばして、そして襲い掛かってくるかと思いきや、口にしたのはまさかの苦情だったのだから。
「ちょっと人の話聞いてる?ねぇ?この国を治める大公として恥ずかしいと思わないの?ねぇ?」
額に青筋を立てながら捲し立てるルシアに対し、当初は返答が出来ない様子だったジョセフィーヌだったものの、徐々に落ち着きを取り戻してきたのか、ボロボロになった天幕を見渡して、そしてルシアに向かって問いかけた。
「私を殺しに来たのですか?」
「わざわざ殺しはしないかな?だって放っておいても、あなたも騎士さんたちも、このままこの町と一緒に死ぬんだから」
町に住んでいる者たちからすれば、町の現状がどうなっているかというのは分からなかった。町の上層部が情報を伏せているからだ。
しかし、町の外から来て、そして町の周りに堀を作った本人であるルシアたちからすれば、公都があと数週間、長くても1ヶ月以内に廃墟と化すのはハッキリとしていることだった。それは町を管理するジョセフィーヌたちも同じ。滅びるかも知れないことを知っていたからこそ、彼女たちはこうして城を抜け出して、正門前に陣を構えていたのだから。
その数週間後の未来にジョセフィーヌたちが生物学的に生きている確率はそれほど低くはないだろう。転移魔法で救助されれば、外に逃げる事は可能だからだ。
しかし、社会的に生きていられるかというと、かなり確率は低いと言わざるを得なかった。公都の民を捨てて逃げ延びた恥さらし。国中の者たちから、そんな後ろ指を差されるのはほぼ確実だと言えた。ルシアが"この町と一緒に死ぬ"と言ったのも、強ち外れているとは言えなかった。
「……要求は何です?」
自分を殺しに来た刺客ではないというのなら、この獣人の少女は何をしにやってきたというのか。まさかあざ笑いに来ただけなのか……。権力者として感じた当然の疑問を、ジョセフィーヌはルシアにぶつけた。
「だから言ってるじゃん。獣人の人権を無視して、この町から追い出して、獣人でも何でもないただの町娘でしかないお姉ちゃんのことを町に入れなかったこの国の判断について、理由が聞きたいって」
イラッとしていたルシアには、もっと問い詰めたいことがあったようだが、あまり言い過ぎるというのもどうかと思ったらしく、そこで一旦言葉を句切った。
そんな彼女の問いかけに、ジョセフィーヌは難しそうな表情を見せてから、スッと立ち上がって、そして頭を下げた。
「……不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。この国や私の意思として、獣人の方々やあなた方に不便を強いるつもりはまったく無く、不便を強いることになってしまったのは部下の手違いによるものです」
そう言って謝罪をするジョセフィーヌを見たルシアは、はぁ、とあからさまに溜息を吐くと、再びジョセフィーヌに対して問いかけた。
「じゃぁ、どうしてこの国全体で、獣人の人たちの立場は低いの?責任を追及したくて聞いてるんじゃなくて……そう、純粋にどうしてこの国は獣人に冷たいのかを教えて欲しい」
対するジョセフィーヌは、ルシアの発言を聞いて、確信を持つ。……この2人はこの国レストフェンの民ではない、と。
そして彼女は同時に更に警戒心を上昇させた。ルシアたちが着ていた服(化学繊維)は、誰の目から見ても上等なもの。貴族や王族クラスでも着られるかどうか分からないほどの一品に見えたのだ。その結果、ジョセフィーヌは、ルシアたちが他国の王族か、それに類する存在かもしれないと考えたのである
そんなルシアたちに対して命に関わる失礼があったということは、それ即ちレストフェンからの宣戦布告を意味していた。しかもルシアは今し方、レストフェン大公国が誇る最強の近衛騎士たちを一瞬で吹き飛ばしたばかり。相手の国力がどれほどのものか分からずとも、極めて危機的な状況だと判断せざるを得なかった。
だからこそジョセフィーヌは、発言により気をつけようと注意するのだが、雲行きはすこぶる悪かった。
「(どうしましょ……。当たり前すぎて、獣人の人権など考えたことなど無かったわ……)」
ジョセフィーヌだけでなく、政府の誰も、国民の誰も、あるいは獣人本人たちも、今まで人権というものを考えた事が無かった。周辺諸国も同様。獣人は奴隷のように扱うというのが当たり前のことだった。
そんな常識の中で、なぜ獣人に冷たいのかと問いかけられて答えられるわけがなく……。ジョセフィーヌは返答に詰まってしまう。
下手な回答をすれば、宣戦布告待ったなし。正直に答えても、宣戦布告待ったなし。二進も三進もいかなくなったジョセフィーヌの頭の中を、どうすれば、という単語がグルグルと駆け巡り、そしてついには——、
バタッ……
「「……え」」
——頭が処理の限界を迎え、ジョセフィーヌはそのまま気を失って倒れてしまったのである。




