14.1-10 レストフェン大公国10
「ん?お前たち。学生か?」
路地で見つかるのとは異なり、広場で見つかってしまった以上、ルシアが兵士を回復魔法で昏倒させるというのは難しかった。いや、難しいか難しくないかの次元で語るなら、簡単である。全力で回復魔法を使えば、街にいる生物すべてを吹き飛ばすことだって恐らくは可能なのだから、広場にいた兵士たち全員の意識を刈り取るなど造作も無い事だからだ。
ただ、そんな事をしてしまえば、大混乱が町を襲い、狂乱状態に陥った人々の間で死傷者が出る恐れがあった。ただでさえ人工太陽を爆破した直後で、町は大混乱に近い状態にあるのだ。ワルツもルシアも、死傷者を出すことは望んでいなかったこともあり、2人ともこの場を力技で逃げ出すつもりは無かったようである。
ならどうするのか。方法は単純だ。
「「いえ、違います」」
大人しく捕まれば良いのである。捕まれば、牢屋に入れられるなど、どこか人目に付かない場所に連れていかれるはず。あとは、その場から逃げ出して、また町の中に戻れば、大した問題にはならない、というわけだ。強いて難点を言うなら、コミュニケーションに難のあるワルツの精神的ストレスが——おっと、この話は一旦始めると長くなるので止めておこう。
ここに来るまでの間に、どうしようもなくなった場合の対処方法を話し合っていたワルツとルシアは、さっそく作戦を実行に移した。自分たちの身分は、避難先を抜け出してきた町娘である、という設定だ。
この設定を使えば、兵士に怒られて、避難所まで連行されるはず……。ワルツとルシアはそう確信した——のだが、世の中、上手くいかないらしい。彼女たちの歯車は、本来あるべき場所から大きく外れて、明後日の方向へと転がり始める。
「ふむ……なるほど。では、"学生"に憧れて手伝いに来たのだな?避難所を抜け出してくるのは決して良くないことだが、町の窮地にいても立ってもいられなくなって手伝いに来たというその心意気は買ってやろう。さぁ、付いてこい!ちょうど人手が足りなくて困っていたところだ」
「(えっ……どうするの?お姉ちゃん、これ……)」
「(ちょ、ちょっと予想とは違う方向に進んでるんだけど……ホント、どうしようね?)」
ワルツもルシアも困った。しかし現状、逃げるという選択肢は無く……。2人は仕方なく、"学生"に憧れた町娘、という体で、兵士の後ろを付いていくことにしたようだ。
◇
この国を統べる大公ジョセフィーヌ=フロイトハートは、つい昨日、新たに書き換わったばかりの地図を見下ろしながら、頭を抱えていた。丸い町を取り囲むように出来た巨大な堀。それによって、魔物たちがが町に近付かずに済んだものの、決して喜べる状況ではなく——、
「本当にどうしてこうなったのでしょうね……」
——町から外へ、そして外から町へ繋がる街道という移動経路を失った現状は、町という生物の大動脈が切断されたようなものだったのだ。
それだけでも致死と言えるのに、堀の外側には未だグラウンドバイソンたちがたむろしていて、時折魔法を放ってきており……。さらにその地中には、得体の知れない強大な魔物(?)が潜んでいるのである。さきほどもまた超強力な火魔法を放って地図を大きく書き換えたばかり。この町、この国を統べる者としては、胃に穴が開く思いだった。
現状、出来る事があるとすれば、急いで堀に橋を架けるくらい。しかし、外には魔物がいてどうにかしなければならない……。つまり、今の公都に為す術は無し。転移魔法使いを使って物資を運ぼうにも、彼らに運べる物資の量などたかが知れており、あるいは15万人の市民たちを外に逃がそうにも、いったいどれほどの時間がかかることか……。長いこと大公の座に君臨していたジョセフィーヌだったものの、解決策はまったく思い付けなかった。
「せめて地中に潜んでいる魔物が何者か分かれば対処の方法もあるのですけれど……」
ジョセフィーヌの顔に疲れが浮かぶ。当然だ。一昨日から彼女は一睡も出来ていないからだ。ついでに言うと、食事もまともに摂れていない。
そんな彼女の事を慮って、周囲の者たちは、せめて食事だけでも食べるようにと進言していたようである。しかし、ジョセフィーヌは、その提案に対し、当初、首を横に振っていた。この先、町の食事情が悪化するのは目に見えていたこともあり、呑気に食事をできる気分ではなかったからだ。
それでも無理矢理に食事を用意されて、間もなく彼女がいた天幕に食事が届けられることになっていたようだ。そしてちょうど今、彼女の天幕に——、
「「し、失礼します!」」
——給仕たちがやって来る。具体的には少女2人組の給仕が。
どうして☆こうなった!の典型例なのじゃ。




