14.1-03 レストフェン大公国3
地表を焦がしながら金属を精錬するというルシアのデモンストレーションを前に、獣人たちは思い思いの反応を見せていた。特に多かったのは、感動のあまり(?)涙を零す者たちである。具体的には、顔を真っ青に染め上げて、肩をワナワナと震わせながら、涙と鼻水まみれで顔をくしゃくしゃにするほどの感動っぷりだ。……とルシアたちは思っていたようだが、真相は不明である。
ルシアが金属を精錬して、ワルツが即席の鋳型に鉄を流し込み、そして大量の釘を作り上げる。鯛焼きの耳のようにしてお互いがくっついた釘をワルツがペリペリと素手で折ると、立派な釘の完成だ。
ワルツはついでに、その"耳"の部分を集めて粘土のように捏ねて一塊にし、形を整え、金槌も一緒に作り上げる。その様子を見ていた獣人たちは、これまた何か恐ろしいものでも見たかのような表情を浮かべていたが、作った金槌をワルツが地面に置いた瞬間、その場の地面からジュゥワァッとステーキでも焼いたかのような音と煙が立ち上った様子を見て、皆、なおさらに、酷く調子の悪そうな表情を浮かべていた。そして当然というべきか、そんな獣人たちの反応に、ワルツたちが気付いた様子は無い。
こうして一通り、金属を使う道具や建材を揃えた後、一行は地表へと移動を始めた。日が昇って朝食が終わった時間帯になったので、村の人々に挨拶をするために表に出ることにしたのだ。
地底から地上までの高さは、およそ100m。例えるなら、高層ビルを階段だけで登るようなものだったが、獣人たちは筋力があるらしく、皆、階段を登っている最中は、顔色を変えるようなことは無かった。逆にルシアは、できるだけ重力制御魔法を使わないようにしていた事もあり、10段ほど階段を登ったところでゲッソリとした表情を浮かべていたようだが、ワルツのアシストもあり、どうにか地上まで、階段を登り切ることに成功する。
「な、何で自分自身に転移魔法が使えないのかなぁ……。もしも使えたら、家から出るたびに、こんな大変な目に遭わなくても済むのに……」ぜぇはぁ
「そればっかりは、ちょっと流石に私にも分からないわね……。まぁ、早い内にエレベーターを作りましょ?」
そんなやり取りを交わしながら、一行は地上部にある見てくれだけの家へとやってきた。そして家の扉から外に出ると、そこには——、
「「「…………!」」」
——今日も塹壕を作って、ワルツたちの事を警戒する村人たちの姿があったようだ。
ただ、昨日に比べれば幾分警戒も和らいでいたらしく、人数は半分ほどに減っていた。村人の中心人物たる村長などは、塹壕の外に出ており、隠れているのはごく少数の村人だけ。そんな村人たちは、皆、ビクビクした様子で塹壕からワルツたちのことを覗き見ていたところを見るに、やはりルシアの莫大な魔力を感じ取って、恐怖に苛まれていたのだろう。雰囲気としては、今にも爆発しそうな爆弾に足が生えて歩き回っているかのように見えていた、と例えられるかも知れない。
一方、村長はそれほど敏感に魔力を感じ取れないのか、あるいは昨日、ワルツたちがグラッジモンキーを追い払った様子を見ていたためか、先日とは打って変わって、ワルツたちに対し敵対的な視線を送ってくることは無かった。
その様子を見たワルツは、家の扉から出たところで立ち止まって……。そして獣人たちを一人ずつ家の表に出しながら、口を開いた。
「おはようございます。村長さん……でいいのよね?今日から彼らもこの家に住むことになったからよろしく?」
ゾロゾロ……
1、2人までは、村長たちの表情にそれほど大きな変化は無かった。それが10人を超えたところで眉に皺が寄り、20人を超えたところでみな目を見開き、そして30人目が出てきたところで——、
「な、何人いるんだ?!」
——村長から叫びに近い声が上がる。
「いや、これで全部よ?さっきも言ったけど、彼ら、私たちのところで住み込みで働くことになったから、よろしくねー」
「「「よろしくお願いします!」」」
「…………」ぽかーん
獣人たちが一斉に挨拶を口にしても、村長には返答出来なかった。彼には——いや、彼らには、小さな家からワラワラと獣人たちが出てくる光景が受け入れられなかったらしく……。ワルツたちが獣人たちを連れて家(?)の中に戻って行った後も、しばらくの間は呆然としたまま立ち尽くしていたようだ。
その後、ワルツ宅の壁に耳を当てる村人たちの姿が散見されたようだが、彼らが家の中で物音を聞くことはほとんど無かったのだとか……。




