14.0-30 新天地30
獣人たちの体力は、その見た目通りに獣に近いものがある。人ならヘトヘトになる距離を歩いても、彼らなら問題は無いくらいには、体力があった。
ゆえに、村に着いても、彼らが地面に倒れ込むことは無かった。むしろ、体力を十分に残していたと言えるだろう。……そう、この時までは。
「さてと。これから家を増築するから、その間、皆は森で山菜を探してきて貰えるかしら?じゃないと、肉だけの夕食になりそうだから」
その幼そうな見た目とは異なり、ぶっきらぼうな口調で獣人たちに対し指示を出すワルツ。そんな彼女は、もう一言、言葉を追加した。
「あ、そうそう。この森には、グラッジモンキーとか言う魔物が住みついちゃってるらしいから、襲われないように注意してね?」
ワルツがそう口にした直後、獣人たちは一斉に——、
「「「え゛っ」」」
——声を上げた。どうやら、皆、グラッジモンキーのことを知っているらしい。それほどまでに、グラッジモンキーという魔物は、厄介なことで知られる魔物ということなのだろう。
しかし、そんな獣人たちの反応を、ワルツは意に介さない。元々、空気を読むという行為を苦手としていた事もそうだが、彼女は説明を終えるや否や、ルシアと共に住居の改築についての話し合いを始めてしまったのである。最早、ワルツとルシアの眼中に、獣人たちの姿は映っていなかったと言えた。
結果、獣人たちは顔を青ざめさせながら、お互いに顔を見合わせることになる。グラッジモンキーとは、一度目を付けられれば逃げ切ることの出来ない厄介で面倒な魔物。そんな魔物がいると分かっていて森の中に入るなど、自殺行為以外の何者でもなかった。村の者たちが、学生のいないときに家から出てこないのも、グラッジモンキーを警戒してのことなのだ。
そんな中で、狐の獣人の少女が、口を開く。
「皆で固まって行動しましょ?固まっていたら、多分、襲ってこない……と思うから……」
話している内に段々と尻すぼみになっていく少女を前にしても、誰も突っ込むことなかった。今の彼らには、固まって行動する以外に選択肢が無かったからだ。
結果、彼らは、ここで死ぬかも知れないと覚悟しながらも、森へと入っていった。この時、彼らの頭上を、半透明の小さな球体が、羽虫のごとくブンブンと飛び回っていたのだが……。緊張に包まれていた獣人たちがその球体の存在に気付いた様子は無かったようである。
◇
「ふぅ……思いのほかたくさん取れたね」
森に入って30分ほどが経過した頃。獣人たちが即席で作った蔓の籠の中には、相当量の山菜が詰め込まれていた。特にキノコの類いは多く、全員で食べても食べきれないほどの量が入っていたようだ。
そんな彼らがいた場所から村まではそれほど距離は離れていなかった。薄暗くなった森の中なら、村の光が見える程度の距離だ。
「さぁ、戻りましょ?」
狐の獣人の少女の呼びかけに応じて、皆が帰路に付く。歩いても数分と掛からない距離を、獣人たちは付かず離れず周囲を警戒しながら、歩いて行く。
そんな道中での出来事。ここまで魔物たちに会うことなく歩いていた獣人たちの頭の上で、ガサリという音が響き渡る。その瞬間、彼らは、一斉に上を見上げた。
その結果、彼が見たのは、木々の隙間から輝く無数の光。ただし星ではない。無数の目だ。それは紛れもなく——、
「グラッジモンキー……!」
——ここ数日にわたって村を襲っていたグラッジモンキーたちだった。そんなサルの魔物に囲まれた獣人たちは、遂に最期の時がやってきたのだと悟り、腰を抜かして、地面にへたり込んでしまう。
しかし、彼らにグラッジモンキーが襲い掛かることは無かった。サルたちは、樹の上から獣人たちをジィッと観察するだけで、手を出そうとはしなかったのだ。
その内に、狐の獣人の少女が、ある事に気付く。
「何あれ……」
何か虫のような、あるいはシャボン玉のような、透明な物体が宙を八の字に飛び回っていたのだ。
彼女がその透明な何かに気付いて、目を細めたときのこと。
カッ!!
突然、その物体が眩い光と共に、熱線を発し始めた。その明るさは驚異的で、森の中どころか、村の周辺、湖畔の一部まで当たり一体を照らし出すほどの輝きとなった。
狐の獣人の少女は、思わず目を閉じた。直視し続けられるほど、その光は優しくは無かったからだ。
それからようやく目が慣れて、彼女がゆっくりと目を開けると、そこにはグラッジモンキーの姿は無くなっていた。その代わり——、
「あー、いたいた。迷子にならないように人工太陽を付けてたから、すぐに位置が分かってよかったね?お姉ちゃん」
「中々帰ってこないから探しに行こうかって話をしていたのよ。さぁ、帰るわよ?家が完成したんだから」
——ルシアとワルツが現れたのである。
その瞬間、獣人たちは2つのことを理解した。1つは、自分たちがルシアたちに守られていた事。そして、もう一つは、ルシアたちがグラッジモンキーたちのことを脅威でも何でもなく、ただの野生動物程度にしか思っていないということを……。




