6序-11 ルシアの奮闘3
・・・今、主の想像力が試される・・・のじゃ。
要するに分かりにくいということじゃな。
次の日。
カーン・・・
カーン・・・
カーン・・・
「〜〜〜♪」
何やら嬉しそうに金属を叩いているシラヌイを横目に見ながら、エネルギアに乗り込んでいくルシア。
「〜〜〜♪」
彼女にシラヌイの鼻歌が伝染ってしまったのは、上機嫌だったためか、それとも耳に馴染む曲調だったためか・・・。
そして、鼻歌を歌いながら艦橋までやってきたルシアは、台の上に載っていた子ども型の人形の前に立つと、元気よく口を開いた。
「来たよー?」
ルシアがそう言うと、
ウィーーーン・・・
人形が勝手に動き出す。
・・・とはいえ、何か意味のある動きをしているわけではなく、適当に動いているだけのようであるが。
この人形は、ワルツにしか見えないという少年のために、彼女自身が作り上げたものである。
少年の名前はエネルギア。
ワルツが作った飛行艇に生じた、謎の思念体である。
彼はワルツの認知システムをハッキングすることで彼女の前だけに現れることができたのだが、実体を持たないがために、ルシアを含めた仲間たちが認知することは出来なかった。
なのでワルツは、一時的な乗り物、あるいはインタフェースとして、エネルギアが他の人々とコミュニケーションを図れるようにするために、この人形を作り上げたのである。
ただ、現在の状態でも、少年の存在を立証したとは言いがたかったために、テンポ辺りは半ば本気でワルツのことを『壊れた』と疑っているわけだが・・・、
「エネルギア君、今日も元気そうだね!」
ルシアには当てはまらないようである。
「今日はねー、『オリガミ』を持ってきたよ?」
台の上で横になっているエネルギアにも見えるように、彼の顔の前まで、歪なカタチをした折り鶴を持ち上げるルシア。
そう、彼は取り憑いた人形の身体を、自由に動かすことが出来なかったのである。
・・・もちろん、ワルツの作った人形が欠陥品だった・・・というわけではない。
どうやら彼は、本体と人形の身体の形状が離れすぎていて、どうやって身体を動かしていいのか分からないらしい。
そんな彼から何らかの反応が返ってくれば、仲間たち(主にテンポ)もエネルギア少年の存在を潔く認めることができるのだが、今現在の人形の動きは、まさに無意味な動きであるとしか言いようがなかった。
もちろんそれは、視線(眼球の動き)も例外ではない。
まぁ、姉から彼の運動の教師役に任命されたルシアにとっては、あまり気にならないことのようであったが。
「アトラス君に教えてもらったんだよ?」
手をうまく動かせない彼にも良く見えるようにと、手足の付いた折り鶴を、彼の目の前でグルグルと回すルシア。
その後、彼女は、カバンの中から正方形の紙(アトラスが廃紙を切ったもの)を取り出した。
「この一枚の紙から、さっきの小鳥さんが作れるんだよ」
そう言うと、ルシアはエネルギアの載った台の横で、折り鶴を折り始める。
「んーと、確かこうだったかな・・・?」
所々ぎこちなさは残っているものの、次々と紙を折っていくルシア。
どうやらアトラスは、彼女が一人でも折り鶴(?)を折れるように、ちゃんと教え込んだようである。
彼女が孤軍奮闘している間、どういうわけか、先程まで無意味な運動をしていたエネルギアは、身体の動きを止めて、ジッとしているのであった。
「・・・ほら、できた!」
アトラスに手伝ってもらった時よりも随分と時間がかかってしまったが、なんとか折り鶴(?)を完成させるルシア。
「ね?凄いでしょ?」
そう言いながら、エネルギアの顔の前まで、折り鶴(?)を持っていくと、
「・・・えっ?」
ルシアはエネルギアの異変に気付いた。
・・・今まで無意味に動いているようにしか見えなかった彼の眼が、ルシアの作った折り鶴へと真っ直ぐに視線を向けていたのである。
「見えてるの?」
ルシアが問いかけるも・・・喋り方が分からないのか、彼から返答が戻ってくることはなかった。
「・・・あ、そうだ」
ルシアは何かを思いついたかのような表情を見せた後、エネルギアが乗っていた台(電動リクライニングベッド?)のボタンを押した。
すると、
ウィーーーーン
エネルギアの上体が起き上がる。
そして、ルシアは艦橋の壁の方に歩いて行くと、
「えっと・・・」
ガコン!
「これでいっか」
機器チェック用の蓋を外し、エネルギアの膝の上に置いた。
・・・簡易的な机の完成である。
「私が小鳥さんの作り方を教えてあげるから、一緒に作ろ?」
エネルギアの後ろに回ったルシアは、一枚の紙を机の上に置いた後に、彼の手を取った。
そう、アトラスにされたように、である。
「まずは、紙を三角に折るんだよ?」
時折、ピクッと動くエネルギアの腕を自分の手のひらに感じながら、可能な限り優しく彼の腕を操作していくルシア。
「でね、紙を開くときに加減をしないと、直ぐに破れちゃうから注意してね?」
昨日は10枚以上、同じ工程で紙を破ってしまっていたルシアだが、今では随分と慣れたようで、何事も無く折り続けていった。
「次はこうして、こうして、こうして・・・」
一人で折った時よりも、更に時間をかけて、ゆっくりと鶴を折っていくルシアとエネルギア。
「・・・で、足と手を作って・・・頭を折れば、完成!」
そして2足歩行型折り鶴が出来上がった・・・。
どうやらルシアは、普通の鶴の折り方を知らないようである。
「何なんだろうね?この小鳥さん?」
本物の鶴を見たことがない彼女にとって手足の付いた折り鶴は、魔物の一種かシルビアのような翼人の様に見えているのかもしれない。
一仕事終えた様子で、ルシアが頭を上げると、
「・・・あ、お昼の時間だ」
艦橋のステータスモニターの右上に表示されていたデジタル時計が11:50と表示されていることに気づいた。
「ちょっと、お寿司を買ってくるね!」
早くいかないと、稲荷寿司屋に行列が出来てしまい、最悪、売り切れてしまうのである。
そのことを思い出したのか、少々慌て気味にルシアが立ち上がった・・・そんな時の事であった。
ビリッ・・・
どこからか、紙が破けたような音が聞こえてきたのである。
「あ・・・あぁ?!」
ルシアが音のした方向、つまりエネルギアの膝の上に眼を向けると・・・折ったばかりの鶴の首が無くなって、妙に大きな頭を持った宇宙人のような姿の折り鶴の残骸が転がっていたのである。
その鶴の首はどこに行ったのかというと・・・エネルギアの薬指と中指の間に挟まっていた。
「・・・掴もうとしたの?」
そうルシアが問いかけるも、エネルギアから答えは返ってこない。
「・・・はぁ・・・また作ればいっか」
折角作ったのに・・・、と一度は落ち込んだルシアだったが、すぐに気持ちを切り替える。
そして今度こそ稲荷寿司を買いに行こうと、彼女が艦橋の出入り口へと振り向いた時のことであった。
グーッ!
「んあ?!」
・・・カバンの紐が何かに引っかかっていたらしく、首を引っ張られるルシア。
「ん?何・・・」
少々涙目になりながら、振り返ってみると・・・
「あ・・・」
エネルギアの手が、バッグの紐に引っかかっていた。
「えっと・・・行くな、ってこと?」
繰り返すようだが、エネルギアからの返事は無い。
「・・・もしかして・・・」
そう言うとルシアは、カバンの中から四角い紙を取り出して、エネルギアの膝の上にあった簡易机に置いた。
すると、
ウィーーーーン・・・
紙に視線を向けるエネルギア。
腕と指が無茶苦茶な動き方をしていたが、どうにか紙を拾おうとしているところを見ると、折り紙に興味を持ったようである。
カシャ・・・カシャ・・・カシャ・・・
まるで指で机をなぞるような動きを繰り返しながら、繰り返し紙を拾おうとするエネルギア。
だが残念なことに、指先まで固い金属製だったために、机から紙を持ち上げることができなかった。
「・・・はい、どうぞ」
しばらくエネルギアの動きを見ていたルシアだったが、あまりのもどかしさに、紙を持ち上げた。
すると、
カシャ・・・カシャ・・・
エネルギアはルシアに持ち上げてもらった紙を、右手の薬指と、左手の小指を使ってなんとか折ろうとする。
・・・だが、
ビリッ・・・
「あぁー・・・」
力の加減がうまくいかないせいか、ただの一回も折ることが出来ずに、破ってしまう。
そんな彼の姿に、昨日の自分を見たような気がして・・・
「ふふっ・・・」
ルシアは笑みを浮かべた。
「分かったよ。私が手伝ってあげる!」
そう言うとルシアは、先ほどと同じようにして、エネルギアの背中から折り紙を作る手伝いを始めるのであった。
・・・それも、大好きなはずの稲荷寿司を買いに行くことすら忘れて。
身体の形状が違いすぎて、運動の方法が分からない・・・。
たとえ話じゃが、人の腕をいきなりもう2本増やしたとするじゃろ?
それをどうやって操作したら良いのか。
練習もせずに使いこなすことなど不可能に近いじゃろう。
なら、身体全体の形状が違ったならどうなるのか。
恐らく、身動ぎすら大変じゃろうな。
エネルギアの場合じゃと、エンジンの出力を上げる操作で、眉が動く・・・とかあるかもしれんの。




