14.0-26 新天地26
獣人たちが集まっていた場所の壁には、大きな扉の横に、小さな扉も作られていて、そこから町の中に人が出入り出来るようになっていた。町の外に住んでいた者たちは、この扉から町の中へと批難することが出来たようだが、立場が弱い獣人たちは、扉から中には入れず、閉め出されていたらしい。
獣人たちは扉の前で声を上げていた。命乞いにも近い懇願だ。なにしろ、ここにいれば、魔物たちの群れに飲み込まれることになるのは想像に難くないのだ。必死に声を上げるのは当然のことだと言えるだろう。
その様子を見ていたワルツたちは、酷く険しい表情を浮かべる。危機的状況なのだから、お互いに手を取って協力し合い、魔物たちの群れに立ち向かうべきではないかと2人共が考えていたのだ。少なくとも、ミッドエデンや周辺諸国では、危機的状況が生じれば、お互いに手を取り合うというのが普通のこと。
ところが、ここでは違うらしい。人間たちは獣人たちが命を落としたところで何も思わないのだ。そればかりか、彼らは、獣人たちの命乞いの様子や、逃げ惑ったりしている様子を楽しんですらいる始末。
そんな人々の考えが理解出来ないワルツとルシアは、一つの結論を出すことになる。
「何か気に食わないから、この町の人たちをギャフンと言わせてやりましょうか?」
「まぁ、お姉ちゃんがそう言うのなら……。でも、そのために魔物さんたちを巻き込むって言うのは良くないよね?」
「そうねぇ……」
そしてワルツは考えた。町の人々をギャフンと言わせる方法は無いか……。
ごく短い時間を引き延ばして思考に浸ったワルツは、とあるアイディアを思い付く。
「ルシアルシア?」
「うん?何?」
「えっとさ——」
そしてワルツは妹に対し、自身のアイディアを説明した。その際、ワルツもルシアも人の悪い笑みを浮かべていたせいか、近くにいた獣人たちは、警戒するような視線を2人に向けたようである。しかし、アイディア出しに熱中していた2人がそのことに気付くことはなく……。2人は知らず知らずのうちに獣人たちから距離を取られることになったのである。
◇
外壁の上から獣人たちを見下ろしていた兵士の一人が、何かに気付く。
「なぁ、あれ、人間の女の子じゃねぇか?」
同僚の呼びかけに、もう一人の兵士が応える。
「どれだ?……うわ、マジか。2人いる……いや、1人は獣人か」
「扉を開けて避難させないと!」
「……いや待て。もう手遅れだ。今、扉を開ければ、獣人たちが駆け込んでくるはずだ。そうなれば、奴らをまた外に出して扉を閉じるのに時間が掛かって、魔物たちに侵入されかねない。もしもあの子と一緒に獣人たちを受け入れたとしても、すぐに扉を閉じられるとも限らん。可哀想だが……」
「くっ!……そうだな。せめてどこかに隠れて生き残ってくれれば良いんだが……」
獣人が傷つくのは良くても、人が傷つくのは困る……。そんな認識が常識と化しているこの国においては、人自体の命の重さも軽かったらしい。
町の兵士たちは、獣人だけでなく、門の前まで逃げてきた少女たち——ワルツたちの事も、殆ど悩むこと無く見殺しにすることを決めた。彼らの言い分を言うなら、一人の少女を救うために、大勢の町の人々を危険に曝すことはできなかった、といったところだろう。
もしもこの時、彼らがワルツたちの事を受け入れていたなら、もしかすると未来は大きく変わっていたのかも知れない。尤も、後悔は先に立たないからこそ、後悔というのだが。
ズドォォォォン!!
轟音と振動が町を襲う。ただし爆発音ではない。
「な、何だ?!」
「み、見ろ!町の外が……!」
「地面が……割れていく……」
町をぐるりと取り囲む外壁のさらにその外側を、これまたぐるりと取り囲むように凹みが出来たのだ。例えるなら、日本の城に見られるような"お堀"に近いと言えるかも知れない。
ただ、その深さは尋常ではなく、優に100mを越えているように見えていた。谷の向こう側までは、およそ200m。文字通り陸の孤島だ。そのせいで、町に押し寄せてきていた魔物たちは、進路を変えざるを得なくなり……。町の人々にも、獣人たちにも被害は出ることなく、事態は収束へと向かった(?)のである。
なお、どうして大規模な堀のようなものが生じたのかは、敢えて言うまでもないだろう。
そして、カオスはここから……いや何でもないのじゃ。




