14.0-20 新天地20
一方で。サルたちを相手に戦おうとしていた学生たちも、サルたち同様に慌てていたようである。魔物たちが一斉に逃げ始めたのは良いが、轟音と共に森の木々が吹き飛ぶなどという展開は想定外の事過ぎて、どう対応して良いものか分からなかったのだ。木々に穴が開いたのは、逃げ惑う魔物たちがやったことなのか、あるいは何か他に原因があるのか……。その現象が生じた際、周囲で一切の魔力的な変動が生じなかった事も、彼らの混乱を増長させていたと言えるだろう。
「い、委員長!ヤバいんじゃないか?!」
「魔力も何も感じないのに気だけが吹き飛んだぞ?!」
「木を木っ端微塵にするくらい威力があるのに魔力を感じないって……どうやって避けりゃいいんだ……」
「み、皆さん!落ち着いて!」
女学生は慌てて仲間の学生たちに声を掛けた。その対象は学生たちの身ならず、村の人々にも向けられていたようだ。村人たちも、皆、学生たちと同様に混乱状態に陥っていたからだ。
「村の皆さんは家に隠れてください!原因は分からないですが、もしも相手が魔物だったなら……私たちが囮になって、村の外に魔物を連れ出します!」
女学生のその言葉を聞いて、村人たちは一斉に各々の家へと駆け込み始める。同時に学生たちの間で真っ青な表情が広がることになったのは、自分たちの死期を感じ取ったためか。
当然、学生たちは、逃げられるものなら逃げたかった。しかし彼らがその選択を採ることはできなかったのである。というのも——、
「……これは私たちの責任。最後まで村を守り抜きますよ!(魔物たちを呼び寄せてしまったのは、元はと言えば私たちに原因があるのですから……)」
——サルの魔物たちが周辺地域に集まってきたのは、学生たちの行動がきっかけだったからだ。
彼らが今いる場所とは別の地域で授業を行っていた際、一部の学生たちが禁止行為——グラッジモンキーへの攻撃を行い、彼らの反感を買って、この地まで魔物たちを引き連れてきてしまったのである。グラッジモンキーたちは、縄張りを荒らされたり、味方に攻撃を受けたりすると、対象者を群れ単位でずっと追いかけながら反撃してくるという性質があり、攻撃を加えるというのは絶対にやってはならないことだったのである。
一旦、彼らの反感を買ってしまった今、事態を収束させるためには、グラッジモンキーたちを全滅させるか、あるいは彼らが攻撃を諦めるほどの圧倒的な戦力を見せつけるかのどちらかの対応をしなくてはならなかった。しかし、学生たちでは完全に力不足。グラッジモンキーたちを全滅させることも、彼らに力を見せつけて追い払うこともできない学生たちは、学校をあげてグラッジモンキーたちと戦うものの、戦況は泥沼化。学年ごとにローテーションを組んでグラッジモンキーたちの相手をするものの、まるで無限に湧いてくるのではないかと思えるほどにどこからともなく集まってくるグラッジモンキーを前に為す術無く、今に至る、というわけである。
そんなグラッジモンキーにはボスザルというべき存在がいた。同じ種族か疑ってしまうほどに大きな身体をもつ個体だ。通常のグラッジモンキーと比べて、身長が5倍ほど大きな彼らは、物理的な力も、魔力も、あるいは体力すらも、通常のグラッジモンキーを凌駕しており、学院に所属する教師ですら逃げ出すレベルの相手だった。……この村にルシアがやってきた際、彼女が一方的に蹂躙した魔物だ。
委員長と呼ばれていた女学生は、そんなボスザルが村にやってきたのではないかと考え戦々恐々としていたようである。そうとでも考えなければ、木々に穴を開けるなどという異常事態を説明出来なかったからだ。
「(お願い!先生がた!早く来て……!)」
女学生は、"杖"を握った手に力を込めた。もしかするとこの場所が、自分の死地になるかもしれないと覚悟を決めて……。
尤も——、
「あれ、何やってるのかしら?」
「多分、警戒してるんじゃないかなぁ?(お姉ちゃんのことを)」
——女学生たちが周囲をどんなに警戒しても、魔物たちから追加で攻撃が飛んでくる事も、ボスザルが襲ってくることもなく……。木々が吹き飛んだ原因を作ったワルツやルシアたちからすると、皆で固まって周囲の森を警戒し続けていた学生たちの姿は、少々シュールな光景に見えていたようだ。




