14.0-19 新天地19
「(ちょっと待って!お姉ちゃん!今、取り込み中だって!自重しようって言ったのお姉ちゃんだよね?!)」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ルシアは、今にも学生たちのところへと駆け寄って行きかけていたワルツの手を握って止めた。そして同時に問いかける。
「どうしたの?お姉ちゃん。今までずっと隠れてたのに……」
「いやさ?あの子たちが持ってる道具、すっごい独特じゃない?あれ、杖よね?」
「んー、魔法を使ってるから、一応杖なんだろうけど……見た感じは鉄砲みたいだね?」
「そうそう。しかもさ?魔力が無くても使えそうな雰囲気無い?あの宝石だか魔石だかバッテリーだかは知らないけど、あの石ころが魔力の発生源になっていそうな感じがあるっていうか……」
「……つまり、お姉ちゃんでも、魔法が使えるかも知れなさそう、ってこと?」
「うん。そういうこと」
ルシアはワルツがなぜ学生たちに駆け寄っていこうとしていたのかを知った。この世界の人の細胞を持たない彼女でも、魔法を使えるかも知れないのだ。たとえシャイで、人見知りが激しくて、コミュ障の気があるワルツであっても、思わず飛び出していきそうになるほどの事だったらしい。
「(お姉ちゃん、あの大きな身体と一緒に力を失っちゃったみたいだし、魔法が使えるようになりたいのかなぁ……)」
と、考えたルシアは、生暖かい視線をワルツに向けるものの、当の本人は——、
「(このちんちくりんな身体でミッドエデンに戻ったら、コルテックスたちに虐められるのは間違い無いもの。あの娘たちをギャフンと言わせる力を身につけて帰ってやるんだから!)」
——ルシアが思っていたよりももう少し斜め上の方向に思考のベクトルが向いていて……。ミッドエデンにいる妹たちの事を第一に考えていたようである。ただし、彼女たちをしんぱいしているのではなく、今の自分の姿を妹たちに見られたときに何と言われるか、その心配を。
しかし、ワルツはすぐに冷静に戻った。村をサルたちに取り囲まれているこの状況下で、学生たちに駆け寄っていくのは下策なのは明らかだったからだ。
「(さぁ、"杖"をじっくり観察するためには何をすれば良いかしら?)」
ワルツは考える。それはもう、必死になって思考を巡らせた。この世界に来て初めてではないかと言えるほどに、思考をグルグルと回転させる。
「……うん、決めた。でもまずはサル退治よ?サル退治」
「えっ?」
「サルがいると話にならないわ!」
「そりゃまぁ、確かに話は出来ないね」
「ちょっと加勢するわよ?ちょっとだけね?」
「えっ?それは良いけど……ちょっとだけ……?」
ワルツの"ちょっと"とは、どの程度なのか……。ルシアが眉を顰めていると、ワルツはその場に落ちていた小さな石ころを、おもむろに拾い上げた。
そしてそれを親指で——、
バンッ!!
——と爆音を上げながら弾いたのである。
石ころは、超音速にまで加速され、空中でバラバラになりながら森を取り囲んでいた木々へと当たる。超音速の石ころに当たった木は、衝撃に耐えきれずに、一瞬でバラバラに弾け……。ワルツが石ころを放った場所を中心に、森の木々が一気に吹き飛び、その向こう側の青い空が顔を覗かせた。
その一撃で、サルたちの攻撃が止まる。ついでに、学生たちの行動も止まる。サルたちの間では、村に潜む化け物を怒らせてしまったという恐怖が一斉に広まり、そして学生たちの間では、なぜ木々がいきなり吹き飛んだのかが分からないという恐怖が広まったのだ。双方にとって恐怖。しかし、それは、その場の争いを鎮めるのに非常に効果の高い方法だったと言えるだろう。
そしてその様子を見ていたルシアは——、
「(……お姉ちゃん、やっぱり……魔法を使えるようになる必要あるのかなぁ……)」
——常日頃から抱いていた疑問を頭の中で思い浮かべては、今日もまた口には出さず、心の中だけに思い留めていたのであった。




