6序-10 ルシアの奮闘2
議長室に持ってきたバームクーヘンの原木を、魔法で作った氷と共に魔法のバッグの中へ収納した後・・・。
ビリッ・・・
「あー!・・・また破っちゃった・・・」
ガックリ・・・と、項垂れるルシア。
折り紙を開いて袋状にしようとした時に、力の入れ方がうまくいかないのか、破ってしまったのである。
・・・それも1度や2度ではない。
既に5枚を犠牲にしてしまっていた。
『・・・』
そんなルシアに何と声を掛けていいのか分からないコルテックスとアトラス。
特にアトラスは、『ルシア。お前、不器用なんだな・・・』と絶対に言わないと決めていたりする。
もしも言ったなら・・・彼が明日の陽の目を見ることはできなくなってしまうことだろう。
「・・・なんで、アトラス君もコルちゃんも、そんな簡単に小鳥さんを作れるの?」
造られて数カ月程度しか経っていない彼らにとって、非常に答えにくい質問をするルシア。
そんな彼女の問いかけに、コルテックスは言い知れぬ冷や汗を掻いていた。
まさか、『何度も練習すれば、折れるようになりますよ〜?』とは、言えないのである。
彼女達にとっても、折り鶴を折るのは、今回が人生で初めてのことなのだから・・・。
そして、目線をアトラスに向けるコルテックス。
副音声で、
「(アトラス?責任をもって折り方を教えるって言ってましたよね〜?)」
「(おまっ!全部俺に投げる気か!)」
「(はい)」
「(ぐぬぬ・・・!)」
と、会話していることだろう・・・。
「・・・どうしたの?2人とも・・・」
自分の問いかけに中々返答が戻ってこないことに、不思議そうな表情を浮かべるルシア。
そんなルシアの様子に居た堪れなくなったのか、アトラスが口を開いた。
「・・・最初から小さい折り紙でやろうとするから大変なんじゃないか?大っきな紙で慣れてから、小さいのを作るっていうのはどうだ?」
するとすかさず、
「では、これを使って下さい」
コルテックスが、書類整理の際に発生した廃紙の束をアトラスに渡した。
・・・どうやら、大きい紙を使っても、1度で折り鶴を折れると思っていないようだ。
「ありがとう、コルちゃん!」
コルテックスの意図に気づかなかったのか、素直な笑みを浮かべながら礼をするルシア。
「はい。がんばってくださいね〜。では、私はデスクの方で残っている仕事を方付けてしまいますので〜・・・」
「うん!」
そして、その場からコルテックスは立ち去っていった。
「(コルテックスのやつ、逃げやがったな!)」
・・・そしてルシア(とアトラス)の奮闘が始まるのである・・・。
A4の紙ほどの大きさがある紙をアトラスが真四角にカットして、ルシアが折っていく。
ビリッ!
「あー・・・」
三角形に折った紙を四角形に展開する所で破ってしまうルシア。
・・・全く破る要素の無いところで破ってしまうのは、一体どういう原理なのだろうか。
「頑張れルシア。はい、次の紙」
ルシアに励ましの声を送るアトラス。
・・・折り方を教える以前に、彼にはそう声を掛けることしか出来なかった。
「うん。ありがと・・・」
アトラスから紙を受け取ると、直ぐに折り始めるルシア。
ビリッ・・・
「・・・」
・・・紙を10枚ほど犠牲にした頃、ルシアの眼から完全に輝きが失われた。
「はい、次の紙・・・」
「・・・アトラス君。・・・もういいよ・・・」
「えっ・・・」
ルシアの消沈ぶりに、何と声を掛けていいのか分からないアトラス。
「・・・きっと、私・・・不器用なんだよ・・・」
「いや、そんなことは・・・」
無い、とは言い切れないアトラス。
「・・・」
デスクに逃げて一部始終を観察していたコルテックスも、流石に、哀れみの視線をアトラスに向けていた。
すると、
「・・・嫌だな」
アトラスが呟く。
「・・・えっ?」
何故、アトラスがそう呟いたのか分からなかったルシアは疑問の声を漏らした。
「・・・ルシア。諦めないで、もう一枚だけ折ってみないか?」
「えっ・・・う、うん・・・でも、何回やってもきっと同じだよ?」
そう言ってと、視線を下に向けるルシア。
すると、
ガタン!
立ち上がったアトラスが、ルシアの真後ろに立つと、
「・・・?!」
彼女の後ろから手を回し、正面に2枚の紙を置いた。
そして、1枚を手に取りながら口を開く。
「俺のやる通りに、指を動かしてくれ」
「えっ?!う、うん?!」
突然の展開にアタフタするルシア。
「じゃぁ、行くぞ?」
そう言うと、アトラスは紙を折り始めた。
正方形の紙を折って、まずは三角形を作る。
「・・・」
少々ぎこちなさはあったが、ルシアもアトラスに真似て三角形を作る。
「もう一回折って・・・」
「・・・うん・・・」
「で、問題はここだな」
「・・・」
件の、三角形から四角形への展開の部分へとやってきた。
「いいか?まず、三角形の袋の部分に指を入れて、横に膨らませるんだ」
「えっと・・・こう?」
「そう。それで、この角とこの角を合わせて指で押さえる。できるか?」
「うん」
「で、あとは、指で抑えている部分とは逆の角から、もう片方の手で折り目をつけていく・・・」
そして、いとも簡単に四角形を完成させるアトラス。
「えっと・・・」
危なげない様子でアトラスに倣い、折り目を付けようとするルシア。
・・・だが、思い通りにいかないのか、変に力が入っているようである。
「ほら、こうやるんだ」
そう言うと、ルシアの両腕を取って、力加減を教えるアトラス。
「?!」
「・・・」
アトラスはルシアの手を介して、折り紙の角をなぞるかのように、優しく指を当てて折り目を付けていく。
「ほら。できた」
「・・・うわぁ」
何回やっても出来なかった四角形への展開が、初めてうまく出来たのである。
まだ、折り始めたばかりだというのに、ルシアはとても嬉しそうな表情を見せた。
「それで次は反対側だ」
「うん!」
そして、2人の共同作業はぎこちなく、ゆっくりと、だが確実に進んでいった。
「・・・それで、頭を折ったら完成な」
「出来た!」
折り目が合わず、汗で濡れてシワシワになり、なおかつ自重で首が曲がっている2足歩行型折り鶴が完成した。
「初めてなら、上出来だろ」
「うん!ありがとうアトラス君!」
出来上がったボロボロの折り鶴をまるで宝物のように抱きながら、満面の笑みをアトラスに向けるルシア。
「お姉ちゃんに見せてくる!」
「あ、あぁ・・・行ってらっしゃい・・・」
嬉しそうなルシアに苦笑を向けるアトラス。
だが、ルシアは直ぐに議長室を出て行かず、一度ドアのノブに手をかけてから立ち止まった。
そして、振り返って、言い難そうに口を開く。
「えっと・・・戻ってきたら、また教えてくれる?」
ルシアは頬を赤らめながら、上目遣いをアトラスに向けた。
「・・・あぁ。ちゃんとルシアが折り鶴を折れるようになるまで、責任取るって言ったろ?」
「うん!ありがと!」
アトラスの言葉を聞いて安心したのか、ルシアは議長室の扉を開け、地下大工房へと走っていった。
部屋に残ったアトラスとコルテックス。
ルシアだけでなく、近くに人が居なくなったことを確認してから、コルテックスが口を開く。
「・・・分かっていると思いますが、役割の逸脱に注意してくださいね〜」
「いや、そもそもルシアに手を出すとか、犯罪だろ」
「アトラスにその気がなくとも、ルシアちゃんの方も同じとは限りませんよ〜?」
「・・・はぁ」
コルテックスの言葉に、頭を抱えながら深い溜息を吐くアトラス。
「人間関係って、どうしてこんなに大変なんだろうな・・・」
「なら、私がもっと複雑にしましょうか〜?」
そう言うと、コルテックスはアトラスの隣りに立って、彼の頬に何の躊躇もなく、キスをした。
「・・・あのな?兄弟にキスされたところで、何か思うことがあるとでも思ってるのか?」
「本気ですよ〜・・・って言ったらどうします〜?」
そして嬉しそうに笑みを浮かべながらウィンクをすると、そのまま振り返って、自分のデスクへ戻っていくコルテックス。
「・・・はぁ・・・胃が痛い・・・」
残されたアトラスは、一人胸をさすりながら、ガックリとソファーに沈み込むのであった。
コルが、妾の知らぬところへ行ってしまう気がするのじゃ・・・。
ちなみにじゃが、ルシアの奮闘はまだ終わらぬようじゃぞ?




