14.0-12 新天地12
「ねぇ、おねえちゃん」
「うん?何?」
「この森ってさ、こんなにも静かで、凶暴な魔物もいなさそうなのに、どうしてあの村の周りって木の柵で囲まれてると思う?」
「そりゃ、あれでしょ。今あそこで暴れてるやつがいるから、柵を作って村を守ろうとしたんじゃないの?」
「んー……あんな脆そうな柵で、村を守る事なんて出来るのかなぁ……」
ドゴォォォォン!!
森の中で再び轟音が上がる。何かが何かと戦って暴れているらしい。湖の対岸の出来事だったのでワルツたちに危険が及ぶような事はなかったが、樹が倒れたり、土煙が上がったり、あるいは火魔法でも使っているのか光点がチラホラと見えるほどに激しい戦いが繰り広げられているようだ。
2人は、戦いの様子を、湖畔にあった岩に腰掛けながら観戦する。
「複数の魔物と……あと、複数の人が戦ってるっぽいわ?」
「よく見えるね?ここから3kmくらいは離れてるんじゃない?」
「この姿になっても目は悪くなってる訳じゃないからね」
「そうなんだ……。それで、魔物はどんな魔物なの?地竜さんとか?」
「んー……あれは……」
ワルツはそう口にすると、おもむろに斜め後ろの上方を指差して言った。
「あんな感じのサルみたい」
「……えっ?あんな感じ……?」
姉は急に何を言い出すのか……。そんな事を考えながらルシアが後ろを振り向くと、ワルツが指差す先には、木の登ってこちらを見ているサルが確かにいたようである。それも、1匹や2匹ではなく、50匹前後が。
「い、いつの間に……」
「まぁ、サルなんてほっとけば良いのよ。襲われるなら応戦しなきゃならないけど、向こうだって人間様に手を出せばどうなるか分かってるはずだから、そうそう手を出してくることは無いはずだし」
「そうなの?じゃぁさ……」
背後から感じる視線を務めて無視しながら、ルシアは対岸の戦闘を眺めつつ言った。
「あそこで行われてる戦いは、ここのお猿さんたちには関係無いってことで良いのかなぁ?」
「あ……」
「あと、村の周りが柵で囲まれてたのってさ……村人さんの誰かが、お猿さんと戦って、目を付けられたからなんじゃないのかなぁ?」
「…………」
「村人さんたち、話をする前にみんな逃げちゃうから詳しくは分からないけど……まぁ、今はともかく、後ろのお猿さんたちをどうにかしなきゃだよね」
どうやらルシアの頭の中では結論が出ていたらしい。こちらから手を出さなくても、サルは間違いなく襲い掛かってくる、と。
そして何より、ルシアには、もう手遅れだという確証があった。何しろ昨日——、
「そういえば、昨日、おっきなお猿さんを退治しちゃってたよね……。もしかしてボス猿さんかなぁ?」
——既に自分たちの方から手を出していたのだから。
その瞬間だった。1匹のサルが、手にしていた石ころを投げつけてくる。
放物線を描いた石ころは、真っ直ぐにワルツへと向かうコースを取っていた。ワルツはそれをどうすべきか考えて——、
パシッ!
——受け止めることにしたようだ。
「まったく、危ないわね……。まぁ、当たったところで、痛くもかゆくもないんだけど」
ワルツはそう言ってつかみ取った石ころを——、
バンッ!!
——握りしめて砕いてしまった。それもこれ見よがしに。
その様子を見ていたサルたちは、ビクッと身体を震わせたようである。最初の1匹に続いて石を投げようとしていたサルたちも、思わずお互いに顔を見合わせて、その腕を下ろした。
対するワルツは、サルたちの反応を見て、ニヤリと笑みを浮かべると、ルシアに何やら耳打ちする。それを聞いたルシアは、苦笑しつつも、ワルツの提案に乗ることにしたようだ。
そして2人がしたこと。それは、自分たちが座っていた大きな岩を持ち上げるというものだった。重さ数十トンにも及ぶ巨岩を2人揃って持ち上げると、それを振りかぶって——、
ブンッ!!
——対岸へと投げつけた。
ルシアが重力を操る事によって、ほぼ真っ直ぐに投擲された巨岩は、ワルツの微細な重力制御により、途中でカックンと曲がると、対岸で繰り広げられていた戦場のど真ん中に——、
ズドォォォォン!!
——と爆音を伴いながら落下する。巨大なクレーターを穿ちながら周辺の木々をなぎ倒したその投擲は、見る者が見れば、空から隕石が落ちてきたと表現するかも知れない。
それっきり、戦場は静かになる。とはいえ、死者が出たわけではない。突然の大爆発に、サルたちも人間たちも恐れおののいて、戦う事を中断してしまったのだ。
その様子を満足げに眺めた後、ルシアは後ろを振り返った。すると、樹の上にいたはずのサルたちは——、
「……あれ?いつの間にかいなくなってる……」
「まぁ、そんなものよ。サルなんて」
——いつの間にかいなくなっていたようだ。ワルツたちに手を出せばどうなるのか、本能的に感じ取ったに違いない。




