14.0-09 新天地9
ジャックが放った魔法は、直接ワルツたちを狙ったものではなかった。完全に牽制である。流石にワルツたちの返答が気に食わないだけで、攻撃するのはどうかと自制を働かせたらしい。
ジャックの手から放たれたのは、良くある野球ボール大の火球——ではなく、もう少し大きなサッカーボール大の火球。ただ放たれただけの誘導機能の無い火球は、ワルツとルシアとはまるで別の方向へと外れ、彼女たちの後ろにあった真新しい家の方へと放物線のコースを取る。
ジャックの手から火球が放たれた瞬間、彼の視線が向かう先と火球の軌道に気付いたワルツは、内心で毒づく。
「(ちょっ?!何考えてんのよ!私たちを狙うならまだしも、家を狙うとか、作り直すの面倒くさいんだからやめてよね!)」
結果、ワルツは周囲の重力を操り、火球の軌道を変えることにした。問題はその軌道の先をどこにするのかだ。
「(えーと……変な方向に弾き飛ばしたら、近くの建物とかに引火して、それはそれで大変な事になりそうだし、森の方に飛ばして火事になったら嫌だし……うん!これしかないわ!)」
そしてワルツが決めたのは——、
ギュウンッ!
ズドォォォォン!!
「きゃー(棒)」ドゴシャッ!!
——自分の身体で受けるというものだった。それも大げさに。例えるなら、サッカーの試合に興じる選手がファールを——いや、この話はやめておこう。
まるで、爆発した火球の威力が強すぎて吹き飛んだかのように地面を転がっていったワルツは、体操で言うところの後方伸身8回宙返り1/2ひねりを決めて新築の家の壁にぶち当たった。そしてそこでズルズルと地面に沈んでいく。
ワルツがなぜそんな演技をしたのかは定かでない。恐らく本人でも理解していないことだろう。強いて言うなら魔が差した、といったところだろうか。身体を張ったボケを実行する最高のシチュエーションであり、いきなり手を出してきた少年に対してやり過ぎたという灸を据えるためのリアクション。それが、自らの身体で火魔法を受けるというものだった、といったところだろうか。
その様子を真横で見ていたルシアは、姉が吹き飛んでいっても、それほど驚きはしなかったようである。むしろすべてを分かっていて呆れていたようだ。自身が使う人工太陽に比べれば、そよ風程度でしかない火魔法で、姉が吹き飛ぶというのは絶対にありえない事だと分かっていたからだ。そもそもワルツは、今の小さな身体でも、ルシアの人工太陽の直撃を受けて無傷なのである。それを考えれば、一般人の火球の直撃を受けた程度、心配するだけ無駄だというのは明白だった。
結果、ルシアが、飛んでいった姉の方を振り向いて——、
「(これ、お姉ちゃんのボケだよね……。どうしよ……私も乗った方が良いのかなぁ……)」
——と碌でもないことを考えていると、先に事態の方が進展した。
「ちょっ?!ちょっとジャック?!」
「ば、馬鹿な……あ、ありえ……ありえない……!」わなわな
魔法を撃った本人であるジャック少年が、現実を受け入れられなくなった様子で、地面にへたり込んだのである。それを見ていたミレニアや村人たちも、豪快に吹き飛んでいったワルツが死んでしまったと思ったらしく、驚きが隠せない様子で大騒ぎを始めていた。
その展開に、一人冷静だったルシアはポツリと呟く。
「お姉ちゃん……この状況、どうするのかなぁ……」
そんな彼女の呟きは、誰の耳に入ることもなく、虚空へと溶けていくのであった。
ワルツあるあるなのじゃ。
そしてア嬢も慣れてしまったという……。




