13.8-09 事象の地平線9
自分以外に生物が一切いないクレーターと化した元アクイレギアの町で、ルシアは聞くはずのない声を聞いた。周囲にあるのは、地面にめり込む人工太陽魔法と、乾いた砂に瓦礫だけ。今や廃墟と化したアクイレギアに人間が残っているわけもなければ、エンデルシア大砂漠を放浪していた誰かが迷い込んだわけでもなく……。その他、ありえるとすれば、誰かが転移魔法でその場に現れたか、あるいは最初から誰かがそこにいたかのどちらかだった。それも、ルシアが放った人工太陽の真下に。
ルシアは慌てて人工太陽を休止状態にして、オートスペルのストックに戻した。そして人工太陽があった場所の中を恐る恐るのぞき見る。
そんなルシアには、聞こえてきた声に聞き覚えがあったようだ。だが、それが誰の声なのかまでは思い出せなかった。それゆえか、彼女は恐る恐るといった様子で、クレーターの中へと問いかける。
「えっと……誰かいるんですか……?」
少し震える声で問いかけながら、ルシアがクレーターの中を覗き込むと、そこにはこんがりと焼け上がった人の姿が。それも、ルシアよりも背が低く、8歳児であるイブと同じくらいしか背丈のない少女の亡骸だ。
「っ?!」
ルシアは思わず息を吞んだ。自分が少女を焼き殺してしまったのではないかと焦ったのだ。
結果、ルシアが一歩二歩と後ずさり始めた時の事。
「ひ、酷いわ……」
ルシアが焼死体と思っていた少女が不意に動き始めたのだ。
少女が焼死体のように見えていたのは、実際に焦げていたわけではなく、全身に付着したススのせいだったようだ。言い換えれば、そこにいた少女は、ルシアの人工太陽の直撃を受けても、黒いススが付く程度で無傷。もはや人間とは言えなかった。
そのことに気付いたルシアの中で、様々な可能性が浮かび上がっては、線で結ばれていく。人工太陽の直撃に耐えうる強度を誇る身体。自分より幼く見える少女。聞き覚えのある声。そして、数分前までクレーターの中心部にいた人物が誰だったのか……。
「お、お姉ちゃん?!」
ルシアは思い出した。かつて見たことのあるワルツの本当の姿。機動装甲を操縦していた少女の姿を。
「お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ん゛!!」
ルシアは我を忘れてクレーターの中へと飛び込んだ。体勢は完全にボディープレス。彼女は後先など考えず、重力加速度に身体を任せた。
そして——、
「お゛ね゛え゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛——」
ドスッ!
「「ふべっ?!」」
——ルシアは小さなワルツに衝突した。当然、衝撃を和らげるために重力制御魔法など使っていない。あるとすれば、服や装備に掛かったエンチャントくらい。そのせいもあって、ルシアは幸い、怪我を負うことは無かったようだが——、
「「うううう……」」
——流石に痛いものは痛かったらしく、ルシアもワルツも額を押さえながら、うめき声を上げてしまうのであった。
◇
数分後。
「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」すりすり
「う、うん……」
どう考えても年下にしか見えないワルツを抱えて、ルシアは頬ずりをしていた。そんな彼女の頬が赤かったのは、単に紅潮していたからという理由だけではないだろう。
「お姉ちゃん、何があったの?」すりすり
ルシアはワルツに頬ずりをしながら、事情を問いかけた。対するワルツはされるがままの姿で、ルシアに対し返答する。
「アルなんとかを異相空間に閉じ込めたのよ。私が乗っていた機動装甲の中の空間って、見た目よりも大きかったでしょ?あそこにアルなんとかを閉じ込めて、機動装甲を超重力で圧砕して、私だけ逃げてきた、って感じ?」
「それって……」
「ようするに、アルなんとかはもうこの空間にはいないって事。異空間を抜け出せずに、未来永劫、彷徨うことになるんじゃないかしら?」
ワルツが話した事の顛末をルシアが理解したかどうかは定かでない。ただ、ルシアは、一つだけ理解したようである。……アルタイルはもういないという事実を。その結果、彼女の表情が、嬉しいとも残念とも断定出来ない微妙な表情になっていたのは、複雑な事情を抱える彼女の事を考えるなら仕方のないことだと言えるのかも知れない。




