13.8-08 事象の地平線8
顔を青ざめさせながら俯くルシアに対し、ワルツは手短に言った。
『ルシア。この先、何が起こっても、心配なんかしなくても良いからね?』
「……えっ?」
一体何を心配しなくて良いと言うのか……。自分の事だけで精一杯だったルシアには、姉の言葉がまったく理解出来なかった。
真っ白になった頭をどうにか回転させながら、ルシアはワルツが何をしようとしているのか、状況を理解しようとするのだが……。結局、事態が終わるまで、彼女は何が起こったのかを理解出来なかったようである。まぁ、心が十全の状態にあったとしても、彼女がワルツの行動を理解出来たかどうかは微妙なところだが。
そしてアルタイルが次にマイクロブラックホールを生成した瞬間、ワルツが行動を開始した。
最初に彼女が行ったのは、まさかの行動だった。手にしていたルシアの事を——、
ブンッ!
——思い切り放り投げたのだ。
ルシアは地面すれすれを投げ飛ばされ、200mほど離れた場所で物理法則を無視した様子で急に止まって着地する。ワルツが重力制御システムを使い、ルシアが地面に落ちても怪我をしないようにと制動したのだ。
その後でワルツが行った行動に、ルシアは目を疑った。ワルツは機動装甲を変形させてその内側を露出させると——、
ズドォォォォン!!
——まるで自爆するかのように辺り一面のものを暗闇に飲み込んで……。そして——、
「お、お姉……ちゃん……?」
——その場から姿を消したのである。それも、アルタイルやその場にあったマイクロブラックホールなどをすべて道連れにして。
「…………」
ルシアは唖然とした。姉を呼ぶ声すら出なかった。ワルツも、アルタイルも、マイクロブラックホールもすべてが消え去ったその光景が、否応なしに"ある事実"をルシアへと突きつけたのだ。すなわち——ワルツは自爆したのだ、と。
先ほどまで騒がしかった世界を、今では無色透明の虚無が支配していた。荒れ果てた大地と曇天、そして乾いた空気だけがその場に残る。
そんな中で一人座り込んでいたルシアは、まるで死んでいるかのようだった。あるいは人形。あるいは魂の抜け殻と表現出来るかも知れない。ただ静かに虚空を見つめている彼女に生気は無く、呼吸をしていることすら分からないほどだった。
それからいったいどれほどの時間が経過したのか。10秒か、1分か、1時間か……。ようやく動いたルシアが口にしたのは——、
「……お……お姉ちゃん……」
——大好きだった者の呼び名。しかし、返事は無く……。ルシアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
ルシアは後悔した。アルタイルから向けられた言葉に一人傷ついて戦意を喪失している間に、すべてが終わってしまったのである。あまりに不甲斐ない結末だった。
「私のせいだ……」
自分がもっとしっかりしていればワルツは自爆などしなかったのではないか……。自分がもっと強ければワルツはアルタイルに苦戦することも無かったのではないか……。そもそも、アルタイルなどに自分の過去のことを聞こうとしなければ、こんなことにならなかったのではないか……。ルシアの中で先に立たない後悔ばかりが溢れかえって、涙となって目からこぼれ落ちていく。
しかし、ルシアが声を上げて泣くことはなかった。出来なかったのである。姉を自爆に追い込んだ——姉を殺したのは自分なのだ。一人悲しむなど、到底許せることではなかったのだ。
それは自分の不甲斐なさに対する怒り。自分の弱さに対する憤怒。ルシアは、湧き上がる様々な感情に苛まれ、自分でもどうして良いのか分からなっていく。
そして彼女は——、
「うわぁぁぁぁっ!!」
ズドォォォォン!!
——人工太陽を暴走させた。
と、そんな時のことである。
「ちょっ?!まっ?!」
どこかで聞いた事のある声がルシアの耳に入ってくる。それも力の限り暴走させて地面に打ち込んだ人工太陽の向こう側から。
どうやらルシアは、何か人の声がするものを吹き飛ばしてしまったようだ。
平☆常☆運☆転




