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13.8-07 事象の地平線7

「アルトちゃん!ちょっと戦うのをやめてお話しよ?」


 ルシアの呼びかけによって、アルタイルに変化が生じる。マイクロブラックホールの生成を一旦停止したのだ。


 その変化に、ワルツは胸を少しだけなで下ろした。マイクロブラックホールの生成が止まったと言うことは、ひとまず、タイムリミットが伸びたということに等しいからだ。周囲をマイクロブラックホールに囲まれるというタイムリミットが伸びるということは、対策を考える時間が増えるということでもあるのである。アルタイルと会話を試みようとしているルシアに対してワルツは内心で詫びながら、高速思考空間の中で対策を考えた。


 一方、ルシアは、アルタイルからの返答を待ちつつ、何を聞こうかと考えていた。現状、ルシアにとって不明な事は数多く、彼女にも何を聞くべきなのか整理が付けられていなかったのだ。クローンのことを聞くべきか、親のことを聞くべきか、故郷のことを聞くべきか、あるいは——自分がクローンだったとして、なぜ自分が作られたのかを聞くべきか……。


 ルシアが頭の中で色々と悩んでいると、アルタイルから返答が飛んでくる。


『おはなし?』

『ナンノハナシ?』

『むかしみたいに?』


「色々分からない事があって教えて欲しいの。もう、本当の事を知ってるのはアルトちゃんくらいしかいないし、こうして私たちが争っても意味ないから……お話で解決できない?」


 ルシアは色々と悩んだ末、言葉での解決を呼びかけた。彼女の中では、アルタイルの所業に許せないこともあったが、一旦戦いを止めて、話をするだけして、その後でまた決着を付けようというわけにもいかず……。仕方なく話し合いで解決するという選択肢を取ることにしたようだ。


 対するアルタイルは、真っ黒な首を傾げる。見るからにルシアの言葉の意味が分からないといった様子だ。


 実際、彼女は、その反応通りの反応を見せた。


『いみない』

『ヒツヨウナイ』

『だって——』


 そしてアルタイルは、ルシアにとって衝撃的な発言を口にしたのである。


『このせかいにおなじそんざいはいらないから』

『カワリノカラダ二ナラナイカラ』

『すぺあにならないふりょうひんはいらないから』


「ス、スペア……不良品……」


 どんな返答が来ても、心を強く持って対応しようと考えていたルシアの声が震える。


 ルシアとしては、アルタイルから嘘や偽り、あるいは籠絡の意図があるような発言を想定して身構えていた。しかし、飛んできた言葉はそのどれでもない拒絶。それも、鋭利で残酷な言葉の刃。アルタイルの言葉は、ルシアの想定を超えた衝撃をもっていたようで、ルシアはそのまま塞ぎ込むように俯いてしまった。


 2人の会話はそこで終わりだった。ルシアはそのまま何も喋らなくなり、アルタイルもマイクロブラックホールを生成し始めたのである。


 アルタイルが再び動き出した事に気付いていても、ルシアには再び会話を呼びかける気力は残っていないようだった。彼女の焦点は定まらず、頭の上の獣耳も力なく下げられているまま。心が大きく乱れているのは、誰に目にも明らかだった。


 ルシアはこの時、救いを求めていたと言えるのかも知れない。姉から優しい言葉が飛んでくれば、傷付いた心を少しくらいは癒やせるのではないか、と。


 実際、ワルツはこの直後、口を開く。ただ、その言葉がルシアにとって慰めの言葉になったかどうかは定かでない。なぜなら——、


『ありがとう、ルシア。貴女が時間を稼いでくれたおかげで準備が整ったわ?』


——ワルツの言葉はルシアの事を慮ったものではなく、最初からアルタイルのことを滅ぼそうと考えていたことが明らかなものだったからだ。


どうしようもなく不器用なのじゃ。

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