13.8-05 事象の地平線5
『するどいね』
『デモ、モンダイナイ』
『うごくひつようないから』
ワルツの機動装甲を鏡映しにしたように、アルタイルは右腕から肩にかけて影のような真っ黒な身体を失っていた。しかし、どうやらアルタイルにとってはダメージと言えるほどのものではらしい。少なくとも、アルタイルのしゃべり方に、ダメージよる影響らしきものは見受けられなかった。
実際、彼女は、再び身体を変形させて球状に戻ると、身体を再構成して元の五体満足の姿に戻ってしまった。多少、身体が小さくなっているように見えるが、元々、彼女の周囲の空間は超重力で歪んでいるので、本当に小さくなったのかは定かでない。
そんなアルタイルは、その場から動くことなく、黒い両腕をワルツの方へと向けて言った。
『『『おねえちゃん、あそぼ?』』』
次の瞬間、ワルツの機動装甲を中心に、強大な重力が掛かる。アルタイルが重力魔法を使って、攻撃を仕掛けてきたのだ。
ただ、ワルツの方も、その兆候を掴んでいたらしく、アルタイルの魔法が現象化する前に、その場から飛び退いた。そんな彼女の右腕にはルシアがすっぽりと収まっていて、2人揃って事なきを得る。
「きゃっ?!」
『ごめん!でも直撃したら何が起こるか分かったものじゃないから我慢して』
ワルツは自身の手の中で小さな悲鳴を上げるルシアに対し、事情を説明した。
直後、ワルツの言葉通りの状況が生じる。アルタイルが重力魔法を行使した空間が凄まじい勢いで収束を始め、新たに黒い球体が出来上がったのだ。アルタイル本体に続く第二のマイクロブラックホールである。
アルタイルが作り出すマイクロブラックホールを制御しきれないワルツとしては、逃げて正解だと言えた。ワルツの機動装甲だけがマイクロブラックホールに触れるのならともかく、生身のルシアがマイクロブラックホールに触れればただでは済まないからだ。
『(攻撃してもブラックホールは消えない、か……。このままマイクロブラックホールの数を増やしていって、私たちを閉じ込めるつもりね?)』
ワルツは手の中に握ったルシアの状況を確認しながら、高速思考空間の中でアルタイルの攻撃内容を先読みした。その結果、ワルツは、最短で1分以内にマイクロブラックホールの檻の中に閉じ込められるという計算に至ったようである。閉じ込められた後でどうなるかは、敢えて言うまでも無いだろう。
現状、ワルツたちが、ブラックホール化したアルタイルに対抗する術は、無いに等しかった。マイクロブラックホールを無効化するにも、ワルツの重力制御システムでは出力不足。いや、正確には、ワルツが全力を出せば対処可能だと言えたが、その場合はルシアや周囲数百キロにいる人々に影響を及ぼしてしまうのは確実だったのだ。
ワルツが真っ正面からアルタイルとぶつかり合うのはあってはならないこと。星を壊すほどの戦いを繰り広げるなど、ナンセンスとしか言いようが無かった。
ゆえにワルツは、重力制御システムを使う以外の方法でアルタイルにダメージを与えられないかと考えていたようである。
『(身体が重くて殆ど動けないんだし、ルシアの転移魔法でどこかに吹き飛ばす?でも、それって危険よね……)』
もしもアルタイルが転移魔法を使えた場合、同じく転移魔法を使って容易に戻ってきてしまう可能性が否定出来なかった。そればかりか、ワルツたちの目の届かないところで暴走するようなことがあれば、ある日突然この星ごと、消されてしまう可能性すらあった。
莫大なエネルギーをぶつけても滅びず、重力制御の影響も受けない存在……。そんなものに対処するにはどうすれば良いのか……。
悩みに悩んだワルツだったが、実のところただ一つだけ、彼女には確実にアルタイルを葬ることが出来る術があった。そして彼女はその方法に気付いていたようである。それでもその選択肢を今まで選んでこなかったのは、あまりに痛手が大きすぎるからだ。
その痛手とはすなわち——機動装甲を失うこと。更に言えば、元の世界に戻る手段を失うことと同義だったのだから。
たまには葛藤というものを書いてみたいのじゃ。




