13.8-04 事象の地平線4
大出力の重力制御システムを機動装甲に内蔵するワルツでも、諸刃の剣たるブラックホールを制御しきることは出来なかった。前後に吹き出したジェットの後ろ半分が、ワルツの機動装甲を焼いたのだ。
幸い、機動装甲は、行動不能になるほどの大きなダメージを受けたわけではなかったようである。しかし、右手と右腕が融解し、見るも無惨な姿になってしまう。
「お、お姉ちゃん?!」
『大丈夫よ?』
「で、でも……」
姉の変わり果てた姿を見たルシアは、残っていた人工太陽を慌ててスタンバイ状態に移行し、オートスペルに組み込み直した。結果、周囲を包み込んでいた眩い光と熱線は消え去り……。曇天が立ちこめる周囲の景色が見えるようになった。
宇宙空間から見れば、ワルツとアルタイルが作り出したマイクロブラックホールは、惑星中の空気を勢い吸い込んでいるように見えていた。それはあたかも、ワルツたちを中心として、台風が生じたかのよう。コリオリ力によって一旦渦巻き始めた嵐は、そう簡単には消えず……。砂漠の真ん中に、本来ならありえないはずの大きな嵐の目を作り出していた。
その嵐の中心にいたワルツは、空中を見上げて狼狽する。青い空にポツリとシミのようなものが出来るかのように、黒い物体が浮かんでいたからだ。
『機動装甲を焼いてまで攻撃したけど……やっぱダメか……』
ジェットの光柱で貫いたというのに、アルタイルは依然として健在。ワルツが考えていたほどダメージが通っていないらしく、アルタイルは黒い人の姿を保っていたのだ。とはいえ、その身体の1/4位は吹き飛んでいて、ダメージ量としては、ワルツの機動装甲が受けた分とほぼ同等といった様子である。尤も、ブラックホールと同化して自由に形状を変えられる今のアルタイルの場合、攻撃前と身体の形状少し違うくらいでは、本当にダメージが通っているか田舎は定かでないが。
そんなアルタイルの姿を見て、ルシアは困惑した。
「あんなの、倒せるの?」
周辺の天候すら軽々と変えてしまうほどの姉の攻撃を受け切る化け物。そんなアルタイルをどうやって倒せば良いのか、ルシアには想像出来なかった。
しかし、ワルツの方は希望を捨てていなかったようである。彼女はアルタイルの行動に、とある規則性を見出していたのだ。
『意外とどうにかなるかも知れないわよ?』
「えっ……?」
姉は一体どうするというのか……。ルシアが戸惑いながら姉のことを見上げていると、ワルツは端的にアルタイルの致命的な特徴を口にした。
『あれ、多分、動けないんだと思うわ?』
「動け……ない?」
『ずっと同じ場所から動いてないでしょ?』
「えっ?あ、うん……言われて見れば確かに……」
『マイクロブラックホールを形作るためには大きな質量が必要になるのよ。大きな質量のものって簡単に動かせないじゃない?サイコロは指先で簡単に転がすことが出来るかも知れないけれど、王都の前にある"モノリス"は重すぎて動かせないって感じで。今のアルタイルもそう。身体が重すぎて動けないんだと思うわ?こうして私たちが悠長に会話していても、向こう側に動くつもりが無いことが何よりの証拠よ?まぁ、固定砲台みたいに、動かずに攻撃するくらいは出来るんでしょうけれど……』
ワルツはそう説明するものの、彼女がアルタイルの重さについて確信を持ったのは、"ジェット"による攻撃を受けてもアルタイルが微動だにしないためだった。ジェットほどに大規模な攻撃を受ければ、大抵のものは、衝撃で動くはずなのである。それがまったく動かないとなると、あと考えられるのは、身体の柔らかさの割に質量が圧倒的に重すぎるため。巨大な岩を押しても動かないが、ハンマー等で削り取ることは出来るのと同じ状況だと言えたのだ。あるいは、豆腐やプリンのように、動いた途端自壊してしまうような状況とも言えるかも知れない。
ワルツがそんな可能性について言及すると——、
『『『ふふふ……アハハハハ!』』』
——アルタイルが反応した。




