13.8-03 事象の地平線3
「えっ……いや、ちょっ……」
全方位で生じたルシアの人口太陽が、ワルツの元に殺到する。1つ1つの人工太陽は、既に圧縮された状態で、相当な熱量を誇っていて、機動装甲を持つワルツでさえも、戸惑ってしまうほどのものだ。
ワルツとしては、人工太陽が1個でもあれば十分だと考えていたようである。彼女がこれからやろうとしていることは、人工太陽がたくさんあっても仕方のないことで、結局は1個ずつしか処理出来ないからだ。
「まぁ、作って貰ったものは仕方ないから、このまま使わせて貰うわね……」
機動装甲が壊れないだろうかと不安を抱きながらも、ワルツは行動を開始した。
ワルツはホログラムの姿を消して、攻撃に専念する。彼女の機動装甲が手を合わせると、その隙間にこれまでとは明らかに異なるマイクロブラックホールが姿を見せた。
彼女が今まで使ってきたマイクロブラックホールは、空中に開いた穴のようなものだった。しかし、彼女の手の隙間に新しく現れたマイクロブラックホールは、肉眼では確認出来ないほどの凄まじい速度で渦巻いていていたのである。もし回転している様子を確認出来るなら、黒い丸鋸が回転しているかのようだと表現出来るかも知れない。周囲の空間を引きずるほど勢いよく速度で回転しているというのに一切の音は無く、異様な雰囲気を醸し出していた。
ただ、ブラックホールという意味では、今回ワルツが作り出したものの方がより本物に近いと言えた。ブラックホールとは、燃え尽きた恒星が自分の重さに耐えきれずに収縮した存在。その収縮の過程において、自転の速度が上がるのが一般的なブラックホールの姿だからだ。
では何故、ワルツは、普段のただ吸い込むだけのブラックホールではなく、よりリアルなブラックホールに近い原理をもつマイクロブラックホールを作り上げたのかというと、ブラックホールそのものの特性を利用するためだった。元来、ブラックホールというものは——、
ドゴォォォォッ!!
——質量やエネルギーというものをシンクホールのように吸い込むと、ブラックホール内部で分解し、その際に生じたエネルギーや素粒子を回転軸上——つまり駒の軸の方向に向かって吹き出すという性質があるのである。これを"ジェット"というのだが、その直撃を受ければ、恒星ですら吹き飛ばせるほどの威力を持っているのだ。ワルツは、その威力を使えば、たとえマイクロブラックホールの固まりのような特性をもつアルタイルであっても、何かしらのダメージを与えられると考えたのである。
ワルツのマイクロブラックホールがルシアの人口太陽のみならず、アルタイルが放った人口太陽や、周囲の空間を漂う大気すらも吸い込んで、高威力のジェットに変換する。亜光速で放たれたジェットは、ワルツの荷電粒子砲など比較にならないほどの超高エネルギーを持っていて、マイクロブラックホールに突き刺さった光の柱のような姿を形作りながら、真っ直ぐにアルタイルへと向かっていった。
問題は、このジェットが諸刃の剣ということだ。ジェットは駒のように回るマイクロブラックホールの一方方向からのみ出るわけではなく、前後両方向から出るのである。つまり、ワルツの前方にいたアルタイルのみならず、ワルツ自身にも飛んできていたのだ。
ワルツは自分に飛んできたジェットを重力制御システムを使ってどうにか制御しようとしていた。これがもしも普段の彼女なら、何ら問題無く制御出来ていたに違いない。
しかし、近くにいたルシアを守るためだったり、マイクロブラックホールの制御にリソースを割かなければならなかったりで、完璧に制御出来ていたとは言えず……。結果、彼女は制御しきれないジェットを、機動装甲で受けることになったのである。
ドゴォォォォン!!




