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13.7-38 茶会38

 ワルツとユリアはその場から逃げたかった。コルテックス辺りは、さっさと帰って研究をしたかったに違いない。テレサは——きっと何も考えていなかったことだろう。


 しかし、そんな中でルシアは、逃げようとするワルツを引き留めた。宙に浮かぶ黒い物体を放置して帰ると碌な事にならない気しかしなかったらしい。


 カタリナもまた、ルシアと同意見だった。


「放っておく訳にはいきません。確証はありませんが、直感的な危険を感じます」


「お姉ちゃん!」


「……そうね。事の始まりは私たちなんだから、対処しなきゃダメよね……」


 2人に詰め寄られた結果、ワルツの考えが変わる。ただ、考えが変わったとしても、有効な手立てがあるかどうかはまた別の話だった。何しろマイクロブラックホールが制御出来ないなど、ワルツにとっては想定外の事。原理不明の状況に対処する方法が彼女には思い付けなかったからだ。


 しかも、その制御不能に陥ったマイクロブラックホールは、いまや人型に変形しているのである。当然、物理的にはありえない事だ。何者かの意思を持って動き出したとしても、何ら不思議は無い状況だと言えた。


「(どうする?無理じゃない?ルシアの転移魔法を使って、月とか遠くの場所に飛ばしちゃう?でも、帰ってくるような気がするのよね……。それもすっごく激怒しながら……)」


 ワルツは対処策を考えながら、黒い物体に動きが無いかを監視し続けた。もしも相手が何かしらの攻撃を加えてくれば、為す術なく攻撃を受けるような気がしてならなかったのだ。


 超重力による攻撃に対し、どうすれば対処出来るのか……。超重力で攻撃することはあっても、逆に超重力の攻撃を受けたことが無かったワルツにとっては、ある意味、弱点を突かれたような状況だったと言えるかも知れない。


 ワルツが色々と考えていると、ここに来て初めて相手側が動く。


 その様子は、まるで、自分の身体が思い通りに動くのかを確認するかのようだった。赤子のように身体の動かし方が分からないという動きではなく、これまで人として生きてきたかのように基本的な動かし方は知っている、といったような動きだ。


 では、元はいったい誰だったのか……。最早、悩むまでも無い疑問を、ルシアが黒い物体に向かって投げかけた。


「もしかして……アルトちゃん……?」


 アルトというのは、魔王アルタイルのかつての名前である。直接"アルタイル"と口にすると、転移魔法による攻撃を受ける可能性があったので、ルシアは敢えて"アルト"の名前を呼びかけたようだ。


 対する黒い物体は、真っ黒な墨で描いた人のシルエットのような見た目だったので耳や目があるのかすら定かではなかったものの、どうやらルシアの発言はちゃんと聞こえていたようである。今度は声の出し方を確認するかのように『アー、ウー』と何度か意味の無い声を出した後で、黒い物体はルシアの問いかけに返答した。


 それも、1つの声だけでなく、複数同時に。


『お、おひさ、しぶり?』

『アハハハハハ!』

『あたらしい、からだ、まだ、なれない』


「やっぱりアルトちゃんなんだ……。その身体は何なの?」


『あ、あたらしい、からだ』

『イイワ……チカラガ、ミナギル!』

『いままでからだ、なかった』


「もしかして……ホムンクルスの身体?」


『す、すこし、ちがう。ホムンクルス、じゃない』

『コレナラ、マケナイ!』

『ホムンクルス、かてない』


 まるで複数の異なる意思が1つの身体に宿っているかのようにそう口にした後で……。アルタイル(?)は、ワルツの方を振り向いて、まったく同時にこう言った。


『『『これで、おねえちゃんに、かてる!』』』


 それはただの声に過ぎなかった。空気を振動させるだけの音波である。しかし、ワルツには違う何かが感じられたようだ。ぞわりと背中を走る冷たい何か……。それは、彼女が人生で初めて感じた殺意だった。


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